朝露会談、プーチンは「出先で金正恩に会ってやった」態度
―北朝鮮は「朝露親善の新時代を開いた歴史的な対面」と伝えたが―

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政策提言委員・軍事/情報戦略研究所長 西村金一

 北朝鮮国営テレビは、朝露首脳会談(4月25日)の記録映画を作成した。「朝露親善の新時代を開いた歴史的な対面」というタイトルで、「新たな情勢下で画期的な転換になった」と伝えるものであった。北朝鮮が言う通り、「歴史的な対面だった」のだろうか。

1.金正恩委員長がプーチン大統領に期待したこと
 今年2月のハノイでの米朝会談では、北朝鮮が望む段階的な非核化と制裁解除の交渉は、完全に失敗し成果がなかった。この直後に行われた朝露首脳会談での北朝鮮の狙いは、これまで明らかにされた情報から分析すると、
①「段階的な非核化と国連制裁の解除」を国連安保理の場に提案する。
②「北朝鮮の非核化を達成するためには、体制保証が必要だ。その裏付けを明示せよ」と米国に伝える。
③ロシアとしても経済制裁を緩める。
④核を放棄しても、通常戦力で戦えるように、ロシアの新型の戦闘機や戦車を北朝鮮に供与するなどをプーチンにお願いしたと考えられる。また、北朝鮮は、「中国と同様にロシアの後ろ盾があることを世界や米国に示したかった」―ということだろう。

 ロシアとしては、朝鮮半島の安保保障について、改めて存在感を示し、韓国へ石油パイプラインを敷設できる下地作りをしたかった。朝露首脳会談は、五分五分の交渉ではなく、主に北朝鮮が要求する会談であり、プーチンとしては、金正恩に恩を売った形だ。

2.朝鮮戦争後から会談前までの朝露関係
 今回の会談で、これまでの北朝鮮とロシア(旧ソ連)の関係がどのように変わったのかを分析する。そのため、まず、朝鮮戦争後から会談前までの朝露関係を明らかにする。

《朝鮮戦争からソ連邦崩壊までの朝露関係》
 朝鮮戦争後から今回の会談前までの関係をみると、1956年に原子力協力に関する協定を、1961年ソ朝友好相互援助条約を締結、またソ連は、戦争後の復旧のために「10億ルーブル援助協定」を締結して支援した。1962年~1964年頃までは、ソ連を「現代修正主義」と批判するなど親中・反ソの時期であった。1964年~1970年頃までは、文化大革命時期の中国との関係が冷却したことと米韓関係が強化していることによる軍事的対応の必要性もあり、旧ソ連との関係は改善された。1970年~1990年頃までは、経済・軍事面ではソ連、心情・文化面で中国という等距離政策を採った。この時期、旧ソ連から、年間約50万トンの石油と最新鋭のMiG‐29などの戦闘機の供与を受けた。
 このように、旧ソ連は北朝鮮を無償で支える国家であった。北朝鮮は、中国の支援も受けながら、米韓の北進を阻止する要塞の城主を、ロシアから任されたに過ぎない関係だったと言える。

《ソ連邦崩壊後の朝露関係》
ソ連邦の崩壊から金正日総書記政権までは、北朝鮮はロシアから、戦闘機や戦車などの新型兵器の供与を受けられなかった。1990年韓ソ国交樹立と、その後のソ連邦崩壊によって、朝露間の貿易は、石油や兵器も含め全て外貨決済に転換され、外貨を保有していない北朝鮮との貿易は縮小した。つまり、軍事・経済の面で、ロシアが北朝鮮を支える関係ではなくなった。その後、朝鮮半島の紛争において、旧ソ連が自動的に協力し介入する規定が含まれているソ朝友好相互援助条約に代わり、ロシアが軍事協力を行う規定を無くした朝露友好善隣協力条約を2000年に締結した。2000年プーチン大統領の訪朝、2001年金正日総書記の訪露等が行われ、朝露の有効関係は維持するが、ロシアが北朝鮮を支える関係ではないことが明確にされた。2011年にも金総書記は、ロシアのシベリアを訪問し、朝露首脳会談を行った。この時、ロシアの石油を韓国に輸送するパイプラインの話が持ち上がったが、同年金総書記の死去もあり、この話は現在も進展していない。つまり、朝露は友好関係にはあるが、無償で支援することはなく、対価を支払えば協力する関係になったと言える。ロシアは、無償で北朝鮮の面倒を見る後ろ盾の国家から、利用する国に転換した。

《金正恩政権時の朝露関係》
 金正恩政権になってからは、北朝鮮は核ミサイルの開発を著しく進めた。2013年に3回目の核実験を行った時には、ロシアは北朝鮮への国連制裁決議に同意するなど、協力関係はこれまでより悪化した。ロシアは、北朝鮮を利用できるものは利用するが、表立って協力する良好な関係ではなくなった。
 とは言え、軍事兵器関連で見ると、北朝鮮は近年、米軍の戦闘機や巡航ミサイルを迎撃できるロシア製S300地対空ミサイル技術をロシアから密かに導入し新型地対空ミサイルKN‐06(北朝鮮の兵器の名称を付けてはいるが、ロシア製のS300と全く同じもの)を開発、2011年、2017年に発射実験を行い成功している。韓国へ向けての攻撃兵器となる短距離弾道ミサイル、ロシア名「イスカンデル」を導入し、2018年2月の軍事パレードで公開し、今年の5月4日に発射した。
 ロシアと北朝鮮の関係は、北朝鮮が国連制裁を受けていることもあって、表立った協力関係ではないが、表には現れないアンダーのところでつながっており、対価が得られれば兵器を供与しているのが現状だ。

3.今回の朝露会談の成果
 ロシアのウラジオストクでの朝露首脳会談は、金正恩としてみれば、超大国のロシアの大統領との会談であったことから、一大イベントであったと言える。では、これまでの朝露関係を大幅に改善させられたのかというと、プーチンが会ってはくれたものの、共同声明を発表するほどの内容も無く、金正恩がウラジオストクに滞在中にもかかわらず、プーチンは中国の一帯一路フォーラム参加のために、金正恩の接遇を極東担当大臣に任せて、さっさと離れてしまった。会談の様子の映像を見ても、熱烈歓迎ではなく、さみしい対応であった。
 ベトナム訪問と比較すると、ベトナムは元首が主体となって対応してくれたが、ロシアはほとんどが極東担当大臣。ベトナムでは金正恩が行くところには、子供たちが北朝鮮の小旗を振って出迎えたが、ロシアでは3人の子供がパンでお出迎え。ベトナムでも北朝鮮でも儀丈隊の閲兵など金正恩が歩くところは赤い絨毯の上だが、ロシアではコンクリート道の上。朝露首脳会談の席も質素な部屋であった。極めつけは、戦争記念碑への献花対応だ。絨毯が敷かれていないのは儀丈隊の閲兵と同じであるが、さらに滑稽なのは、市民が碑のある高台から金正恩を見下ろしていることだ。金正恩はよく耐えたと思う。北朝鮮国営のメディアがこれを掲載し続けていることも笑ってしまう。ウラジオストクでのロシアの対応は、金正恩にとっては、極めて屈辱的であり怒り心頭であったであろう。

写真1 ベトナム訪問時の戦争記念碑への献花
 


写真2 ロシアウラジオストク訪問時の戦争記念碑への献花
 
出典:朝鮮中央通信最高指導者の活動

 朝露会談後、朝鮮半島の非核化について、ロシアは北朝鮮が主張する段階的な非核化とこれに伴う制裁解除を支持し、また、解決のための六か国協議を提唱している。では、ロシアが北朝鮮のために何か行動しているかというと、その動きは、ほとんど見られない。
 ロシアが表向き、北朝鮮の後ろ盾であるかのような発言だけで、実際はそうではない。これまで同様に、アンダーでお金を出せば物を売ってやる貿易関係に過ぎない。今回の会談で、金正恩は、プーチンとは会えたが現実的に何もしてくれなさそうなロシアに失望したと判断すべきだろう。