澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -108-
香港紙『南華早報』が「習近平死去」と誤報

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 既報の通り、今年3月13日、中国国営通信の新華社が習近平(Xi Jinping)主席の肩書きを「中国最高の指導者」ではなく「中国最後の指導者」と“誤って”ウェブ上で配信した。
 その前月19日、習近平主席が新華社・人民日報・CCTV(中国中央電視台)の官製メディアを訪問している。その際、習主席がメディアに党(実際は習近平)への「絶対的忠誠」を求めた。それに対する反発から、新華社の記者が「中国最後の指導者」と誤記したと考えられる。
 彼らが解雇や逮捕、場合によっては親族への脅迫や嫌がらせを恐れず、“故意”に誤報を流した事件は、中国人ジャーナリストのプライドを垣間見る思いである。

 さて、今度は香港紙『南華早報』こと『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』(1903年創立。販売部数約9万5000部)が、今年4月21日付で、「昨年、習近平主席が死去した」と“誤って”伝えたのである。
 昨2015年3月15日、失脚した徐才厚(Xu Caihou。前中央軍事委員会副主席。元制服組トップ)が、北京301病院で膀胱癌のために亡くなった。
 本来、『南華早報』記者は、"Xu died"(徐才厚が死去した)と書くべきところを、"Xi died"(習近平が死去した)と誤記している。確かに、1文字違いなので、単なる“誤植”とも言えなくもない。しかし、記者が“故意に”書き換えた公算が大きい。
 『南華早報』は昨2015年12月、馬雲(ジャック・マー)のアリババ集団が購入へ名乗りを上げた。そして翌16年4月には、その支払いが完了している(ただし、馬雲は編集方針には口出しをしないと宣言した)。
 よく知られているように、馬雲は①江沢民(上海閥)の孫 江志成 ②劉雲山(上海閥)の息子 劉楽飛らと親しい。(③温家宝〈共青団に近い〉の息子 温雲松も加えた方が良いかもしれない)

 若干横道にそれるが、江志成(米国籍)は、江沢民の長子 江綿恒の長男である。ハーバード大学(経済学部)卒業後、一時、ゴールドマン・サックスで働いていた。
 2010年9月、江志成は他の4人と共に、香港で博裕投資顧問を立ち上げている。第1期に10億米ドル(約1120億円)の資金調達をした。その際、馬雲は香港の大富豪 李嘉誠と一緒に、この博裕投資顧問へ投資をしている。同時に、中国投資有限責任公司(CIC:政府系投資機関)や中国国家開発銀行(国営銀行)、中信資本(CITIC Capital)なども博裕への投資に参加している。博裕投資は、第2期目に15億米ドル(約1680億円)を募集し、馬雲と李嘉誠は引き続き参加を表明した。
 馬雲は「太子党」と組んで、のし上がってきた。アジアで1、2位を争う「政商」の王健林と同じパターンである。現在の中国共産党支配下で私企業が発展するためには、それが1番の早道だろう。逆に言えば、それ以外の道で繁栄するのは極めて困難だと思われる。

 閑話休題。以上のように、馬雲は「上海閥」と関係が深い。したがって、「上海閥」(特に劉雲山の影響力が及ぶ党中央宣伝部)が香港で、習近平主席に対し“反撃”に出た可能性も排除できない。
 周知のように、近頃、銅羅湾書店は習近平主席に関する書籍(『習近平とその愛人たち』)の発刊準備をしていた。それを阻止しようとした習近平主席は、中国公安を使い銅羅湾書店関係者5人(その中の2人は外国籍を持つ)を香港や他国から拉致したのである。
 この「銅羅湾書店事件」に関して共産党員の中には、習近平政権は“やり過ぎ”だと思っているふしがある。そこで、「上海閥」(特に「反腐敗運動」で習近平主席に痛めつけられている)が『南華早報』を利用して、“誤記事件”を起こしたとしても不思議ではない。
 一方、香港誌『明報』(1959年創刊)は習近平一族らも関わる「パナマ文書」を特集した。その後4月20日、姜国元・執行編集長が辞職している。事実上の“解雇”である。北京から圧力がかかったためだろう。香港のマスコミ・人権団体・「民主派」の間では、「報道の自由」に対する危機感が強まっている。
 習近平政権は中国本土のみならず、「1国両制」(1国家2制度)の香港においても、報道に対して締め付けを厳しくしている。

 翻って、1997年の「香港返還」時、中国共産党は、50年間香港の「高度な自治」を公約したはずではなかったか。
 恐らく、習政権の報道への締め付けがきつくなるほど、中国大陸内部と香港からメディアの“反発”も強くなるに違いない。