澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -383-
香港「雨傘革命」と「反送中」運動の相違

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2019年)7月18日現在、香港では「逃亡犯条例」改正反対運動(「反送中」運動)が大きな盛り上がりを見せている。
 同月9日、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、「逃亡犯条例」改正法案は「死んだ」と発言した。だが、それは法案の「撤回」を意味しない。そのため、今なお「反送中」運動は継続されている。
 林鄭長官は、「反送中」運動を上手く終息できないので、中国政府に辞意を表明した。しかし、習近平政権は、その申し出を何度も拒否したと伝えられる。北京がラム長官の辞意を承認しない限り、長官は辞任する事すらできない。
 さて、前回、2014年9月に起きた「雨傘革命」(同年12月中旬まで)と、今回の「反送中」運動には、いくつかの相違点が見られる。
 第1に、両者は運動の対象が違う。
 「雨傘革命」は、中国共産党を直接攻撃対象とした。
 2014年8月末、全国人民代表常務委員会が香港行政長官選挙方法の変更を決定している(同委員会は、候補者になるには推薦委員会の支持を過半数が必要だとした)。
 「雨傘革命」終結後、翌2015年6月、立法会では多数を占める「建制派」(「新中派」)が行政長官選挙制度の改正法案通過を目指した。だが、同案は重要法案である。法案を通過させるためには、立法会の3分の2以上の賛成を必要とした。だが、「民主派」が立法会で3分の1以上を占め、法案が通過しなかった。結局、2017年3月、旧制度のまま、選挙委員会がキャリー・ラムを行政長官に選出している。
 一方、「反送中」運動は、香港政府を直接攻撃対象とする。同政府が立法会で「逃亡犯条例」改正しようとした。それに対し、香港市民は立ち上がった(最終権限を持つ中国共産党に対しては、間接的攻撃対象となるだろう)。
 第2に、両者は運動の主体が一部異なる。
 今度の「反送中」運動には「親中派」のビジネスマンも参加している。
 もしも、香港立法会で「逃亡犯条例」改正が通過すると、香港で経済犯となったら最後、中国本土で裁かれる公算が大きい。
 (外国人を含めて)香港でビジネスする者すべてが、そうなる可能性を否定できない。
 さすがに、大企業の役員等は中国共産党の眼があるので、「反送中」デモに参加できないだろう。だが、彼らは、従業員に対し、デモに参加するよう勧めているという。
 他方、「中国本土出身者」もデモに参加している。元々、彼らは中国大陸に住んでいたが、香港へ移住した人々である。
 根っからの香港人と「本土出身者」の間には、微妙な壁があると言われる。香港人は、「本土出身者」が「反送中」デモに参加するのを、必ずしも歓迎していない。だが、「本土出身者」も、一般香港人同様の危機感を持つ。
 以上のように、ビジネスマンや「本土出身者」がデモに参加しているため、「雨傘革命」と比べ、デモの規模が格段に大きくなった。
 第3に、両者は運動方法が違う。
 2014年、デモ隊は「陣地戦」を行ったが、今回のデモは「ゲリラ戦」へと運動形態が変化している。
 「雨傘革命」では、デモ隊が中環(セントラル)を中心に幹線道路を陣取った。そして、彼らはテントを張るなどして抵抗を試みた。
 ところが、それが香港の経済活動に大きな支障をきたしたのである。そのため、「雨傘革命」は、多くの香港人から支持を失った。それが「雨傘革命」の失敗した原因の一つになった。
 「反送中」運動では、その反省から「陣地戦」をやめ、デモ隊は「ゲリラ戦」を展開している。この戦法はかなり有効で、香港政府を悩ましている。
 ただ、今年7月1日、22回目の「香港返還記念日」夜、過激なデモ隊が立法会へ突入した。そして、立法会の一部を破壊している。まもなく彼らは香港警察によって強制排除された。この破壊活動は、一部の香港人から顰蹙を買った。
 もしかしたら、このデモ隊の中には「親中派」の人間がいて、故意にデモ隊を扇動した可能性を排除できないだろう。香港に駐屯する人民解放軍(約6000人)が「反送中」運動を弾圧する絶好の口実を与えたかもしれない。
 この香港の「反送中」運動が終息しない限り、中国の国内政治にも大きな影響を与える。そのため、最終的に、習近平政権は「第2次天安門事件」を起こす公算が小さくないのではないか。
 仮に「第2次天安門事件」が起きたら、再び中国は世界から経済制裁を受けるだろう。周知の如く、「米中貿易戦争」は解決にはほど遠い。そのため、中国の景気は悪化の一途を辿っている。同国は、今度こそ経済破綻に追い込まれるに違いない。