澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -386-
混迷の度を増す香港

.

政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の通り、現在、香港では「逃亡犯条例」改正反対デモ(以下、「反送中」デモ)が激化している。
 今年(2019年)7月21 日、香港の元朗駅で白いTシャツを着てマスクをした集団(以下、「白シャツ隊」)が、突如、出現した。そして、棍棒などで、黒シャツを着た「反送中」デモ隊に襲いかかったのである。そのため、デモ隊45人が負傷したという(「元朗事件」)。
 この謎の「白シャツ隊」は、“香港マフィア”の「三合会」メンバーと目されている。では、誰が「白シャツ隊」に「反送中」デモ隊を襲わせたのか。香港政府か中国政府だろう。両者が結託して、やらせた可能性も捨て切れない。
 けれども、7月26日、香港政府政務司司長(Chief Secretary for Administration、香港政府の行政長官に次ぐ要職)の張建宗が、「白シャツ隊」の暴行事件に関して、香港市民に謝罪した。これは、香港政府の中が割れている証左である。
 同政府には、中国共産党と同じ考えの対「反送中運動」“強硬派”と、張建宗のような“穏健派”が存在するのだろう。
 翌27日、「反送中」デモ隊は、この正体不明の「白シャツ隊」の出現に抗議して、再び香港警察と衝突している。
 最近、中国共産党は、香港に対し「有效施政」という概念を打ち出した。結局、香港に関しては、中国共産党が最終的権限を持つ。習政権が今の香港情勢を放ってこのまま置くはずはない。
 2日後の29日、中国国務院香港・マカオ事務弁公室は、北京で記者会見を開いた。そして、香港での暴力的な抗議は容認できないと明言している。
 ただ、香港政府が「反送中運動」に対し、強硬姿勢を取れば取るほど、「反送中」デモは過激となるに違いない。
 他方、7月14日、中国外務省の耿爽報道官は定例会見で、「外国の政府や団体、個人は内政問題である香港のデモ活動に介入すべきではない」と語った。
 中国政府という「外国の政府や団体」とは何を指すのだろうか。
 考えられるのは、米国CIAと英国MI6ではないか。米英が香港問題で共同歩調を取り、「反送中」デモを扇動している可能性も排除できない。
 さて、7月22日、李鵬元首相が亡くなった。
 1989年4月、胡耀邦前総書記の死去に伴い、「民主化運動」が起きた。それに対し、最も強硬姿勢を示したのが、鄧小平と並んで李鵬だった。習近平政権は、李鵬の“功績”に非を唱えないよう指示している。
 だが、李鵬死去のニュース報道に「いいね」を押すネットユーザーが余りにも多く、中国当局はその機能を停止させた。
 今年は「天安門事件」30周年である。その節目に李鵬が死に、一方では、香港の「反送中」が激化している。何という巡り合わせか。
 目下、北京は香港駐留の人民解放軍投入も視野に入れているという。それでも足りない場合には、南部戦区から人民解放軍が、「反送中」デモ弾圧のために南下するだろう。このように、香港で「第2次天安門事件」が起こる公算は大きい。
 では、習近平政権による「反送中運動」を力でねじ伏せる事は本当に可能なのか。
 1989年当時、北京にはたくさん外国のマスメディアが常駐していた。それにもかかわらず、中国共産党は海外メディアの目前で「民主化運動」を弾圧したのである。したがって、習近平政権も、昨今「1国1制度」に近づいている香港で、30年前と同じような弾圧を行うかもしれない。
 近い将来、香港で「第2次天安門事件」が起きたら最後、再び中国は欧米から厳しい経済制裁を受けるだろう。
 現時点では、欧米と言っても一枚岩ではない。しかし、「第2次天安門事件」が発生すれば、必ずや欧米は結束するに違いない。
 実は、「6・4天安門事件」勃発後まもなく、当時の米ブッシュ政権は鄧小平に親書を送った。表面では、米国は対中経済制裁を謳いながらも、米中の密接な経済交流を求めていたのである。
 ところが、かつてのブッシュ政権と今のトランプ政権では、対中政策が180度異なる。後者は中国共産党政権を本気で潰しにかかっている。
 最後に、興味深いエピソードを紹介しよう。
 7月26日、21時23分東京発香港行きキャセイパシフィック航空便の機内で、機長は英語で次のようにアナウンスした。
 「現在、香港国際空港の到着ロビーでは、平和的な秩序あるデモが行われています。デモ隊は単に『逃亡犯条例』改正撤回を求めているだけです。
 皆様方は黒シャツを着てホールに鎮座している人達を恐れる必要はございません。もし、できれば彼らと少しお話していただきたいと思います。そうすれば、より深く香港を知ることができるでしょう」。
 そして、機長はアナウンスの最後に広東語で、「香港人頑張れ。十分気をつけて」と言い放ったのである。