澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -390-
緊迫する香港情勢への米英台の対応

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 周知の通り、香港では「逃亡犯条例」改正反対運動(以下「反送中」運動)が高まっている。香港政府は、すでに“機能不全”に陥っていると言っても過言ではない。
 確かに「反送中」運動は過激化し、一部のデモ隊は“暴走”気味である。立法会に乱入したり、香港国際空港を占拠したりした。
 しかし、香港政府やそのバックに控えた中国政府が香港マフィア(「三合会」)の「白シャツ隊」を使って、デモ隊を襲わせている(「元朗事件」)。
 また、香港警察の中に広東語を話せる武装警察が紛れ込んでいるという(なお、香港警察が発射した布袋弾<ビッグ弾>が、デモ隊の女子の右眼に当たり、失明したと報じられている)。
 一方、北京政府は、いつでも武装警察(あるいは人民解放軍)を香港に投入できるよう、隣接する深圳に装甲車500台を集結させている。ただ、これは香港の「反送中」デモ隊に対する単なる“脅し”とも取れなくもない。
 けれども、習近平政権は中国国内でも人権派弁護士を一網打尽にしてきた。また、少数民族のウイグル人やチベット人らも抑圧している。同時に、国内のあらゆる宗教に対し弾圧を行っている。
 その習政権が、“面子”にかけても香港の混乱状態をこのままにしておく事は考えにくい。
 実は、中国共産党は、10月1日の建国70周年記念行事を控えている。したがって、北京としては、早ければ8月中、遅くても9月上旬頃までには、この香港問題を収拾させたいのではないか。
 もし、香港の混乱が10月まで続くようであれば、建国70周年記念式典が快く行えない。習近平政権は、遅かれ早かれ香港に武装警察(ないしは人民解放軍)を投入するつもりなのではないか。
 仮に香港で「第2次天安門事件」を起こせば、30年前同様、欧米を敵にまわし、厳しい経済制裁を受けるだろう。
 そうでなくても、中国は景気が悪い。今年7月、食料品価格が前年同月比、9.1%も上昇した。明らかなスタグフレーションである。これ以上、中国経済が落ち込めば、習近平政権はもたなくなるのではないか。
 この点が北京最大の“ジレンマ”だろう。
 さて、米国はグリーン・ベイ号(ドック型輸送揚陸艦)とレイク・エリー号(ミサイル巡洋艦)を8月17日と翌9月に、それぞれ香港へ寄港させようとした。中国共産党による「反送中」運動弾圧を牽制するためである。
 しかし、習政権は米国の要求を拒否したという(ただ、北京はアメリカからそのような要請はなかったと否定している)。
 また、8月13日、トランプ大統領は、自身のツイッターで「中国政府が香港との境に軍を移動させている、と米情報機関から我々に報告があった。誰もが無事であるべきだ(=誰1人として死傷者を出すべきではない)」とつぶやいた。
 更に、翌14日、ジョン=ボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官は、「中国政府が香港で第2の天安門事件を起こすのは大きな間違いだろう」と北京に警告している。
 また、英国は、ドミニク=ラーブ外務・英連邦大臣が香港市民に英国籍を与える方針を打ち出した。今後、香港市民が香港を脱出する必要が生じるかもしれないからである。
 1997年7月、香港の英国から中国返還に伴い、ロンドンは多くの香港市民に英国籍を与えた。今度も、当時と似た状況になる公算が大きい。
 他方、台湾政府も、香港市民の受け入れ準備を始めた。
 実際、近年、香港から台湾への移住者が増えている。香港の未来に希望が持てないからだろう。
 大部分の台湾人は、香港人の「反送中」運動を支持している。蔡英文総統としても、香港人を台湾に受け入れる事は、来年1月の次期総統選挙でプラスになるだろう。
 現在、中国国民党の韓国瑜高雄市長や結党したばかりの「台湾民衆党」の柯文哲台北市長も、来年の総統選に出馬予定である。
 だが、香港で混乱が続く限り、中国と距離を置く民進党の蔡英文総統の再選は確実ではないか。ましてや、香港で「第2次天安門事件」が起これば、蔡総統の再選は間違いないだろう。