澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -111-
武警第2病院と百度を揺るがす魏則西事件

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年4月12日、西安電子科技大学の学生 魏則西(陝西省出身)が滑膜肉腫で亡くなった。数十万人に1人の割合でしか発症しない悪性軟部腫瘍だった。
 2014年、魏則西が大学2年生の時、滑膜肉腫を患った。一人っ子の魏則西とその両親は、藁にもすがる思いで「武装警察北京市総体第2病院」を訪れた。「武警第2病院」は、滑膜肉腫に関しては専門病院と知られ、米スタンフォード大学との共同研究を行い、「生物免疫療法」(DC-CIK)で80〜90%の治癒効果をあげていると言われていた。
 魏則西の両親は20万元(約340万円)以上を親戚や友人から掻き集め、末期症状の息子に4回の治療を受けさせた。だが、その効果は現れず、ついに腫瘍は肺へ転移した。
 魏則西は死ぬ間際にネット検索して調べた結果、「生物免疫療法」は滑膜肉腫に対し効果がないことを突き止めた。確かに、米国でも2015年以前にはその研究が行われ、効果が期待された時期もあった。しかし、良い結果が得られないため、昨年以降その研究は行われていなかったのである。
 魏則西は、この事実をネット上で公表した。そして、「あなたは人として最大の『悪』は何だと思いますか?」という一文を残し、21歳の若さで逝った。

 米スタンフォード大学は、「武警第2病院」とは滑膜肉腫に関する「生物療法」の共同研究をしていなかったと、その関係を否定している。
 実は、「武警第2病院」は「莆田系」陳新賢・陳新喜兄弟の康新公司ホールディングスに握られていた。陳新喜の会社こそが、病気に対して効果の無い「生物免疫療法」の提供者だったのである。
 「莆田健康産業総会」は、中国大陸で1万1300ある民間病院の80%を支配している。残りの20%のみが「非莆田系」の病院である。同総会は、江沢民の愛人と噂される陳至立が総顧問となっている。
 2013年現在、「莆田系」は6万人の医師・看護師等の医療関係者を抱え、150万人が病院関連の仕事に従事していた。巨大企業である。同年、「莆田系」の総資産は2500億元(約4兆2500億円)、総売上は1000億元(約1兆7000億円)だった。毎年、「莆田系」の医療機関で1億6900万人の患者が治療を受けている。
 福建省「莆田系」医療王国は、陳・詹・林・黄の4大家族が独占していた。まず「華夏」と名の付く病院は陳氏、「マリア」という名称の産婦人科は詹氏、多くの「博愛」という名の病院は林氏、「天倫」という名の産婦人科は、黄氏が支配していた。
 「莆田系」の始祖は陳徳良で、現在65歳である。1980年代は性病と皮膚病の専門医だった。90年代に「莆田系」は、婦人科、性病科、不妊治療科、美容外科等へと事業を拡大した。
 今では、「莆田系」は産婦人科、心臓脳血管科、口腔科等にも業務を拡大している。

 さて、「魏則西事件」は、単に「莆田系」だけの問題にとどまらなかった。中国大手検索サイト「百度」(Baidu)が「莆田系」と密接な関係にあったのである。
 「百度」CEOの李彦宏(ロビン・リー)は、「莆田系」から多額の広告費を受け取り、「生物免疫療法」を検索すると、常に「武警第2病院」が上位にランクされるよう操作していた。そのため、魏則西と両親は、「莆田系」の宣伝文句に騙されたのである。
 2013年、「百度」の売り上げは260億元(約4420億円)だった。その中で「莆田系」は120億元(約2040億円)を占めていたという。「百度」と「莆田系」は、癒着していたと考えられる。
 今月5月2日、中央インターネット安全情報化指導小組は、合同調査団を「百度」へ送り込んだ。一方、同5日、国家衛生計画出産委員会も「武警第2病院」に対し調査を開始した。
 「莆田系」は、陳至立が総顧問をしているので、ひょっとすると「上海閥」と関係が深いかもしれない。そうだとすれば、今後、どこまで当局の捜査が進むのかは予断を許さない。習近平政権が推進する「反腐敗運動」とも絡んで、「太子党」と「上海閥」の戦いは更に激化するかもしれない。