書評:王育徳著、近藤明理編集協力 『「昭和」を生きた台湾青年』

特別研究員 関根 大助
  
sekine  1924年に台湾の台南市に生まれ、1949年に日本へ亡命、その後台湾の独立を目標とする「台湾青年社」を設立し、「台湾独立運動の父」と呼ばれた王育徳氏。その王氏が書いた人生の回想記を、氏が他界した後、次女である近藤明里氏が編集し、氏の随筆から抜粋した文章を加えたものが本書である。タイトルには「昭和」とあるが、内容のほとんどは台湾における台湾人にとっての激動の昭和を綴った回想記であり、著者が日本に亡命して以降のことは、回想とは別に、最後の「おわりに」としてまとめられている。
 まずこの本の内容で引き込まれるのが、戦前・戦中における富裕層の台湾人一家の日常である。著者の父親には正妻のほかに妾が二人おり、異母兄弟が多くいる家庭事情は複雑で、現代人にはとても新鮮なものだ。また清朝時代の影響が残る台湾の文化や風俗、この時代特有の風習などに関する描写が実に興味深い。
 そして、著者と日本人の恩師との交流も書かれているが、日本統治時代の台湾における内地人(日本人)と本島人(台湾人)の様々な違い、そこから生まれる対立やいじめ、進学における有利不利、就職の際の差別なども書かれている。終戦後、台湾からの日本人の引き揚げは、台湾人からいやがらせを特に受けずに円滑に進んだが、彼らが日本から解放されることを心から喜んでいたことも事実である。しかし後に、国民党に対して抱いていた彼らの期待は完全に間違っていたことを知り、絶望の底に突き落とされる。人類の弱肉強食の面が剥き出しとなった時代のリアルな物語である。
 日本へ引き揚げる内地人に対して「あなたたちはいいですね。たとえ戦争に負けても、自分たちの国があるのですから」と言った台湾人の言葉や、「中国人はわれわれ台湾人を、敗戦国日本の所有物としてしか見ていなかったのだ」という文が心に響く。そして、抜群に優秀だった最愛の兄に起きた悲劇、その時の著者の悲痛は計り知れない。
 日本に亡命した後、質素な生活を送りながら、台湾のアイデンティティー確立のために台湾語の研究者となり、台湾独立のために文字通り必死に活動する著者の姿を知ったならば、現代の日台の若者は何を思うのだろうか。そして著者との日本での出会いは、李登輝元総統に大きな影響を与え、後の台湾を大きく変えることになる。

 台湾をめぐる国際関係を考えると、結局現代においても、特にこの東アジアでは、弱肉強食というルールが常態であると思わざるを得ない。日本の戦後も場合によっては台湾やチベットのようになっていた可能性があり、そして将来にもそれは起こり得る。
 評者が台湾を訪れた際、日本統治時代を生きた誇りと悲哀を知り、台湾人元日本兵の戦後補償問題に取り組み、戦後の日本に対する愛おしさと怒りを併せもつ台湾のご老人がいた。評者は、その方の日本人への「顔を上げろ、自分の国に誇りを持て」という、慟哭にも似たうったえを聞いた。また、台湾人出征兵士のために日章旗に記された寄せ書きを読んだ。その時の衝撃は、政治経済を扱っただけの歴史の本を読んでも絶対に感じることができないものだった。
 日本と台湾の間には、昔からの確かな絆が存在する。現在日台を行き交う観光客は急増しているし、日台の若者はお互いのエンターテイメントやサブカルチャーに対する関心をもっている。東日本大震災の被災者に対する台湾からの支援は他のどの国にも勝り、日本人に深い感謝の心と感動を呼んだ。
 しかし、日台関係は順調だと言えるのか。日本語教育世代の台湾人は少なくなり、大事なものが忘れ去られつつあるのではないか。このままでは、その絆はむしろ薄まり細くなるのではないか。
 日台間の絆をしっかりと結び、太く育てていくためには、日本統治時代を生きた台湾人の真に迫る人生の足跡と物語をどこかで知る必要がある。本書はそのためにも非常に貴重な一冊である。




 著 者:王 育徳
 編集協力:近藤 明里
 出版社: 草思社
 発行日: 2011年4月5日
 定 価: 2,200円(税別)

 
 

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