民主党惨敗の理由
―党綱領ができない党内事情―
理事・政治評論家  屋山太郎 
 

 今回の総選挙で民主党は辛うじて第2の党の位置にとどまった。しかしその後の政党支持率では日本維新の会、みんなの党に遅れをとっているから、低落傾向に歯止めがかかったわけではない。下手をすると泡沫政党になって消えるかも知れない。
 1993年カナダの選挙で、政権党であった進歩保守党は154議席から、たった2議席に転落したことがある。当時の不信感が尾を引いて、同党は現在でもわずか25議席まで挽回しただけだ。民主党の病巣は何だったのか。
 横浜市内の私鉄駅前で、民主党の候補者の演説を聞いていたときのこと。候補者は安倍さんの憲法改正や国防軍の創設について反論し、「自衛には警察があれば十分なのです」と断じた。さながら安保時代の演説を聞いているような気分だったが、尖閣で中国機が領空侵犯をした翌朝のことである。すると横にいた家内が突然「警察は戦闘機を持っているんですか」と質問した。日頃、人前で大声で質問を発するタイプではないから、私の方が驚いた。しかし感心する人がいて拍手が起こった。候補者は慌てて「そういうことが起こらないための外交をやればいいのです」と言ったが、この時代錯誤には驚愕した。この人が落選したのには安心したものである。
 民主党にはこの人のような旧社会党の残党がまだ居残っているのである。一方で保守派や中間派が合流してきたから、党には綱領というものがない。
 日本維新の会は結党に当って「維新八策」をまとめた。八策すべてが実現できるとも、正しいとも思っていないが、維新の向う方向性だけははっきりしている。
 民主党は前原誠司氏が代表時代に“前原三原則”を打ち出したことがある。1つは、外交・安保政策では前政権と段差はつけない。2つは、政策は党内の多数決で決める。3つは、党は連合と若干の距離を置く―というものである。党綱領とはいえないが、民主党がこの三原則を遂行していれば、まともな政党として発展し得たはずだ。まず旧社会党と思しき勢力は公認されず、排除されたろう。また政策も小沢一郎氏の一存という事態も避けられたろうし、小沢氏も政策実現の責任を負い、「政策が気に入らない」と言って脱党することもなかったろう。
 民主党と連合のうちの官公労組合との距離は密着し過ぎている。自治労や日教組の政治活動は目に余るものがある。それを黙認してきたのは自・社体制であったからだが、時代は全く変わった。橋下徹氏は大阪府知事になり、大阪市長に転じてやったことは、職員基本条例と教育基本条例の制定である。この条例は端的に言えば自治労、日教組退治である。
 民主党が官公労を手足に使って選挙をしている一方で、大阪府・市民は橋下氏を圧倒的に支持しているのだ。民主党が惨敗したのはこの国民感情とのズレに気付かなかったからだろう。前原三原則は3つとも正しかったのだ。

                                                                                                                        (平成25年1月16日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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