TPP交渉には全権大使任命が望まれる
−本省に忠言・忠告できる人材必要−
理事・政治評論家  屋山太郎 
 

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加に備えて、安倍首相は「TPP政府対策本部」を設置し、本部長に甘利経済再生相を任命、その下に対外交渉を担う「主席交渉官」と国内調整を担当する「国内調整総括官」を置く陣容を整えた。
 首相交渉官には鶴岡公二外務省外務審議官(経済担当)を据え、国内調整総括官には佐々木豊成官房副長官補を内定した。
 主席交渉官をトップとする交渉チームは国際弁護士らも加え総勢70人、国内調整チームは30人、総務100人の規模になるという。
 この陣立ては安倍氏がTPPを想定して構想してきた考え方だという。鶴岡氏は父と晋太郎氏が外相だった時の秘書官で安倍氏とはツーカーの仲だけでなく、国際経済問題に滅法強い官僚だと云われる。
 ガットやWTOの交渉の場で日本が常に追い込まれるのは、出てくる代表が議題について本国から裁量を得ていないことだ。米国は役所ではなく大統領府の通商代表部が全権を持った大使を派遣している。一人が全権を持つ強みは議論の転がりようによって、自国有利と判断すれば即決できることだ。日本代表は貿易交渉に限らず、出席する代表は既に決めてきたテーマ以外の問題に対応するには、再び本国ないし本省の了解をとらねばならない。本省がOKといっても閣議で反対があれば応諾に至らない。
 ジュネーブの貿易交渉会議を私も4年間付き合ったことがあるが、日本から来る政治家や役人を「マルドメ」と呼んでいたものである。これは「まるっきりのドメスティック(国内派)」の略だ。何しろ彼らは海の向こうの人達がどういう考え方でいるかについて関心がない。自分の省の主張さえ通せば良いという発想だ。同じテーブルの向こうにも一人の代表、こちら側では17人がゲンコツを振り上げている趣だ。交渉事では展開の仕方によっては突然、勝機が生ずるものだが、全権を委任されていなければ、それを掴むことができない。
 この仕来りは昔からで、先代の福田赳夫首相時代、外相のほかに親友の牛場信彦氏を対外経済相に起用したことがある。当時のガットの主要議題も農産物だったが、特任の牛場氏でさえ、あまり自由化の譲歩をすると後から鉄砲玉が飛んでくるとボヤいていたものである。牛場氏は当時の通産省の通商局長に出向していた大ベテラン経済官僚であるのに、農水省の意向には逆らえないのだ。
 今回、安倍首相が設置したTPP本部は交渉国の意見を調整し、その意見を各省にぶつけて日本としての大方針を立てるもの。甘利TPP相の背後には安倍首相が控えているわけだから、貿易交渉に臨む陣容としてはこれまでにない最強のものだろう。
 ガットの交渉はジュネーブで行われていたが、ジュネーブ国際機関代表部に出向している各省の書記官たちは、正に本省の訓令を取り次ぐだけ。本省に忠言、忠告できる人材を集めよ。
                                                                                                                        (平成25年3月27日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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