集団的自衛権行使容認が日本を救う
―国際感覚オンチの「護憲派」の敗北―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 
 
  安倍首相の究極の政治テーマは「憲法改正」だろう。第1次安倍内閣で「国民投票法」の制定を手掛けたのはその第一歩。護憲派は憲法に定められた改正のための国民投票法の制定を妨げて、実質的な憲法改正阻止を図ってきた。しかし6年の年月が経ち、国民投票法の投票年齢を「18歳とする」法律はすんなり決まった。何十年も投票法制定に反対してきた野党が、今国会で投票年齢の決定に応じたのには時代の変化がある。この6年間に民主党政権が成立し、瓦解した。これに伴って議員の3分の1さえ占めていれば、護憲の立場が守れると考えてきた護憲派が、明白に3分の1を割ってしまった。内容にもよるが改正の発議をする議員は衆参で3分の2を確保できるようになった。「護憲派」は敗れたのである。
 ここで「護憲」とは何かを再認識しておきたい。一般国民は憲法9条第1項で「戦争を放棄」し、「陸海空軍は保持しない」とあることが念頭にある。従ってかつての社会党の「非武装中立論」が理論的には成り立つと考えていた人が多い。それだけではないと知ったのは私の場合、社会人になってからのことだ。
 しかし9条には第2項があって、「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」とある。これは芦田均氏(帝国憲法改正小委員長)が、あとから挿入したもので“芦田修正”と言われる。第1項だけなら丸腰の国家になる。戦争は放棄するが、自衛力だけは持ちたいとの意味を込めて「前項の目的を達するため」との第2項を設定した。
 この芦田修正を見てワシントンの極東委員会(占領国11か国で構成)が敏感に反応した。軍備を持つ可能性があるから66条第2項に「総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」との一項を挿入した。
 旧社会党は9条第1項のみを掲げて、今後の日本は「非武装かつ中立でなければならない」との党方針を掲げた。しかし憲法は制定の当時から軍備の可能性を残し、丸腰は避ける、首相、国務大臣は文民であるといった項目が付け加えられていたのである。
 憲法草案は占領軍の素人法律家が一週間ででっち上げ、それに日本の国会や占領軍の監視機関が慌てて修正を加えた。その経過は今や明らかになっている。修正は加えられたが骨格は“でっち上げ”そのものだ。出来の悪い彫刻の目、鼻、口に修正を加えても、全体の見映えがよくなるものではない。文章も素人が見ても悪文そのものだ。
 憲法改正が正道だが、70年も手を付けなかった憲法を改正する気運が高まるのを待っていれば国が滅亡しかねない。憲法改正の前に、取り敢えず、集団的自衛権の行使を認めるのは普通だろう。「憲法改正でやれ」という意見は「行使反対」の同義語だ。
 高村正彦副総裁が取り上げた「砂川判決」には「国連憲章はすべての国が個別的および集団的自衛の権利を有する」とある。
(平成26年5月21日付静岡新聞『論壇』より転載)

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