TPPは農業問題ではなく「農協問題」である
―「全中の廃止」が日本農業を救う―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 

 安倍晋三首相は今年6月24日、農協制度の改革について「中央会(全中)は再出発し、農協法に基づく現行の中央会制度は存続しない。改革が単なる看板の掛け替えに終ることは決してない」との決意を表明した。これに対して全中は真っ向から反対表明してきた。
 安倍首相の農協改革論も今日的課題として持ち出してきたものではない。安倍首相は農業輸出が3000億円台に低迷しているのは農業が外を向かないからだとの持論である。農業が内向きに終始しているばかりに、その輸出額は驚くほど低い。九州より小さなオランダの農産物輸出額は6兆円。因みに第1位のアメリカは7兆円である。
 第一次安倍内閣の時、農相に任命した松岡利勝氏が自殺した。とかく金銭疑惑が語られていたから、安倍氏に「なぜ松岡氏を任命したのか」と問うと「そういうことも考えたのだが、いま農業に一番必要なのは農協改革だ。農協と張り合える人物は松岡氏しかいなかったんだ」と口惜しそうに語ったことがある。
 冒頭に掲げた安倍発言は本来、第一次安倍内閣で着手しようと目論んでいた内容なのだ。コメの消費はかつての1200万トンから800万トンに落ちている。にもかかわらず、日本の農政は終始コメ中心に展開されてきた。その守護神が農協だった。コメの販売、購買、肥料、農薬、トラクターなどの機械を一手販売して手数料を得る。10軒の小農を1軒の大農にするのが、構造改革の決め手だが、農協組織はそれをやられると困る存在なのである。
 昨年7月、安倍首相はTPP参加を表明したが、全中は医療業者も糾合して「TPP絶対反対」を唱え続けた。言い換えれば農業界に波風を立てるなということである。
 約700の農協のトップに位置しているのが全中で、この全中は下部農協から80億円を上納させ、235人で農協界を仕切っている。日本農業は品種の改良から、水田から直播きに換えたり、他作物に切り換えるなど、各地で千差万別の農業形態が発達しつつある。その中で地域別の農業指導などをできるわけがない。大方針はコメ産業を守るにつきる。コメを守るというより価格を高値に維持するのが狙いだ。農協は1俵(60キロ)当たり1万6000円に維持する思惑のようだが、実態は1万4000〜1万2000円と下落している。本来なら下落をさせて採算の合わない小規模農家には野菜や果樹栽培など作物転換や借地に出すことを勧めるべきなのだ。
 自前で食べられる主業農家は農協など頼らなくなる。全中にとってこうした自立農家の増加は自らの消滅につながる。逆に言えば安倍首相が農業構造改革の決め手は「全中の廃止」と考えるのは当然なのである。
 昔なら全中の「TPP反対」論にはほぼ全農家が参加しただろうが、最近の共同通信社の世論調査ではTPP反対は農林漁業者のうち45%のみ。賛成は17%も存在する。TPPは農業問題ではなく、農協問題にすぎないのだ。


(平成26年11月12日付静岡新聞『論壇』より転載)

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