「イスラム国」日本人殺害脅迫事件
―独りよがりな論調目立つ日本―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 

 テロにかかわる日本の政界、言論界の論議を聞いていると、「日本人が優先的に救助されるのが当然」と言わんばかりの論調が目立つ。フランスの新聞では「いま、この時期に日本人がなぜ、最も危険な場所に行ったのか」とまず日本人の国際感覚を疑ってかかっているのが多い。
 日本が仲介を仰いでいるヨルダンの立場は、「イスラム国」の人質になっている自国のパイロット救出が最優先だろう。パイロットの代わりに、ヨルダンにとって何の役にも立たなかった日本人を優先しろと言わんばかりの論調は恥ずかしい限りだ。せめて、ひっそりと恐る恐るお願いしてみる事柄にすぎないという認識がない。
 殺害されたとみられる湯川遥菜さんには気の毒だが、なぜ好んで紛争地域に行ったのか。シリアに入国してから事態は日に日に悪化しているのに、なぜ引き揚げようとしなかったか。後藤健二さんは湯川さんを救いに行ったようだが、「ここから先は自己責任だ」とビデオに収めて出掛けている。情況の読めるジャーナリストが危機にあるのは残念だが、本人は死を覚悟して危地に赴いているのである。日本国民や日本国に「土下座をして救って貰いたい」とは思っていないだろう。
 テレビに出てくる政治家や言論人がさも良策だと提案する内容は、「ヨルダンの最優先事項を差し置いて、「後藤さんとヨルダンで死刑を言い渡された人と交換して貰え」というのが多い。
 共産党の議員に加え、小沢一郎氏までが「日本がアラブ諸国に2億ドルの避難民支援を出したから、過激なイスラム国が怒ったのだ」という論調である。共産党も小沢氏も安倍氏の外交方針が誤っていると言いたいのだろうが、世界の論調にこの類のものは見当たらない。事件を材料に政敵を攻撃しているに過ぎない。朝日新聞も2億ドル拠出によって「『敵』に見立てられた日本」と題する論評を掲げた。
 テロを防止する最善の手は、テロの要求には、いかなる犠牲を払っても屈しないということである。テロがグローバル化しているから、G7を初め、主要国は結束してテロに対決する道を選んでいる。それが将来のテロを抑止する最善の手だからだ。実際にはウラ取引で救われたケースもあるようだが、「ウラの手を使った」と絶対に言わないのが仁義である。今回の日本人のテロ事件で、日本の言論界は「政府にウラの手を考えろ」と声高に叫んでいるようなものだ。
 日本はイスラエルとアラブ世界の両方に友好関係を持っている。安倍氏の今回の中東外交は「地球儀を俯瞰する外交」の観点から見ると、時宜を得た訪問だった。2億ドルを難民支援として拠出したから“超過激派”が怒りだした。だから支援は失敗だったというような立論がなぜ成り立つのか。
 民主党の岡田克也代表や細野豪志政調会長が「一段落してから検証する」「外交政策をあげつらって政府の足を引っ張ることはやるべきでない」と言っているのはせめてもの救いだ。



(平成27年1月28日付静岡新聞『論壇』より転載)

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