平和安全法制阻む「曲学阿世の徒」
―日米豪印のダイヤモンド構想の実現急げ―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 

 戦後サンフランシスコ講和条約が結ばれるまでの間、世論は単独講和か全面講和か真っ二つに割れた。単独講和はアメリカと講話し、日米安保条約を結ぶこと。全面講和は、降伏した全連合国と講和すること。中ソはこれにこだわった。アメリカはソ連との間で冷戦が始まり、味方が欲しい。日本を育成し、味方陣営に役立てたい。日本の技術や文化の程度を生かしたいと思っていただろう。
 一方のソ連は日本を味方にして全世界を共産主義に染めるには、日本の工業力が必須と考えていた。
 南原繁東大学長は全面講和派の代表的人物で、ほとんどの学者は全面講和派だった。今回、安保法についての意見を聞いた学者3人が揃って憲法に反すると答えた。まさに南原現象とでもいうような社会現象だ。歴史家の岡田英弘氏が当時を振り返って、東大の食堂で語っていた右翼の学友が急に左翼的なことを言い出したのに驚いて問いつめたところ、「反対側が勝った時のため」とニヤッとしたという。後年岡田先生は自分が教授なのに「学者には信念なんてありませんよ」と人間性を見下していた。
 全面講和という字面(じづら)は恰好がいいが、分割占領案を受け入れていれば4分の1はソ連の占領下になる。当時は社会主義国が成長すると信じていたインテリが多かった。南原繁東大学長は吉田茂首相に強く全面講和を薦めたところ、吉田氏は「東大学長なんぞは曲学阿世の徒だ」と罵倒した。曲学阿世とは「史記」に出てくる言葉で、学問上の真理を曲げて世間に気に入るような言動をとることである。さしずめ、今回、国会に呼ばれた3人もそうだろう。
 尖閣の鼻先に陸海軍の基地を建設中だという。3国で係争中の南シナ海の岩礁を埋めたてて基地を造り出した。これほど強盗的な態度を見せる中国を相手に、何をお願いすれば脅しを止めてくれるのか。ソ連がそうだったように、共産政権は内部にこもる不平等、不正の不満を外に向けるほかない。かつてソ連の“子分”にされた東欧諸国やバルト3国がソ連邦がつぶれるやEUやNATOに慌てて入りたがったのは2度とロシアの傘下になりたくない思いだったからだ。
 安倍晋三政権になって、日本は日米同盟の旗幟を鮮明にし、アジア諸国への援助を強化し始めたから、ASEAN諸国の中国離れが著しくなった。日豪との間では潜水艦製造、日比の間では沿岸警備の共同訓練が始まっている。これに親日国のインドが加われば日、米、豪、印のダイヤモンド連合ができ上る。中国の軍事的膨張は4ヵ国の軍事力で封じるしかない。
 外部状況は動いているのが明白なのに学者どもは「9条には自衛権はない」といわんばかりだ。法制局は自衛権でも「個別はよくて、集団は悪い」とこの40年間近く言ってきた。これも曲学阿世の徒のでき損ないだ。
 国会では「自衛隊のリスクが高まる」と野党議員が追及する。法案は軍事支援の幅を広げようという主趣だからリスクが高まるに決まっている。自衛隊員はそれを覚悟で応募してくる人達だ。学者や議員の腑抜けとは違う。


(平成27年6月17日付静岡新聞『論壇』より転載)

 Ø 掲載年別
2015年の『論壇』

2014年の『論壇』

2013年の『論壇』

2012年の『論壇』

2011年の『論壇』

ホームへ戻る