TPP交渉 大詰め」
―時代錯誤の農業指導は不要―

 
理事・政治評論家  屋山太郎 

 環太平洋経済連携協定(TPP)が大詰めを迎えている。農協団体は交渉に参加すること自体に反対していたが「農産品5品目に着手しないなら、交渉に参加することだけはよい」との厳しい条件を出した。目下、進行中の交渉では、@ コメの輸入枠をどのくらい増やすか A 牛肉、チーズの関税を下げる――などの交渉案件が洩れてくる。安倍政権が行った2度の選挙中、全中(農協のトップ組織)は農産品目の聖域化を主張していた。
 世界の貿易というのは、あらゆる品目が世界を回る。いきなり回ってこられると自国産が全滅すると困るから、関税で調節するというのが世界貿易機関(WTO)のルールである。各国がリカードのいう「比較優位」の品目を成長させて稼ぐことになる。この物資の回転は戦後、世界が得た知恵であって、農協団体がこのカラクリを止めろとか、国として脱退しろというのでは国際社会では生きていけない。30年ほど前、WTO(当時はガットと言った)の取材から帰国した時、木内信胤さんという言論界の大御所から招かれたことがある。当時、ジュネーブでの最大のテーマは日本のコメ関税800%はあんまりだ、というものだった。木内氏の結論は、日本はその機関から脱退しろとの極論だった。
 戦後、農水官僚の悲願は大地主の土地を分割し小作農に分譲(分与)することだった。占領軍の力添えで、各農家に2ヘクタールずつ分割する「自作農創設」が実現した。本来ならその時点から各農家が競争して、拡大、脱農を自由にすべきだった。しかし地主となった小作農は、肥料や農機具を自前で買った経験が乏しい。そこで全国に「農業協同組合」を設立して農業指導を行うとともに必要な資材を調達することになった。
 この組織自体が利権化し、肥料や飼料を国際価格の3、4倍で農家に売って、独占禁止法の例外を政府に認めさせた。
 そこに始まったのが池田内閣の所得倍増計画だ。毎年10%の大成長が続いたものだが、その成長にコメ生産はついて行けない。政府は毎年のように「米価引上げ」のムシロ旗で国会を取り巻かれた。当時は中選挙区制度の上に、一票の格差が無制限となって、衆院では1対3。参院では1対6が“許容範囲”とされた。政治家は農協に迎合していれば当選が保証されるから、農協の発言権は大きかった。
 この環境の中で発明されたのが田植機だ。この機械一丁で、ジィチャン、バァチャンで生産性が何倍にも増えた。コメの買い上げが無制限に増えて、政府は過剰米を3兆円分ドブに捨てた。農政改革が可能となった契機は小選挙区制度になって、農協の力が絶対ではなくなったからだ。安倍晋三首相は第1次内閣で「減反の廃止」を打ち出し、今回の政権では全中の改革を強行した。この全中の存在こそが、田んぼの売買を制限し、各農協の独立独歩の歩みを止めている元凶と見做した。TPPに加わって、農業を自ら変わらせるしかない。時代錯誤の農業指導者はいらないのである。



(平成27年7月29日付静岡新聞『論壇』より転載)

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