速やかな領域警備法の制定を!

 政策提言委員 矢野義昭
 尖閣、竹島、北方領土という3つの領土問題のうち、最も緊急を要するのは尖閣問題であり、次いで竹島問題、最も時間を要するのが北方領土問題と思われる。尖閣については、陸海自衛隊の部隊または海上保安官の陸上配置を早期に進めること、竹島については主に金融、経済面での圧力を強め韓国を国際司法裁判所での裁定に応じさせること、北方領土については米英を含めた千島列島の帰属問題についての国際会議を開催し少なくとも国後、択捉の領有権が日本にあることを認めさせること、その代償として対中けん制のためにロシアの極東開発に協力することを柱として、領土問題の解決を図る。そのためにはいずれの場合も交渉の背後にある抑止力として、いつでも不測の事態に即応し対処できる軍事力と警察力を、根拠法制を含めて早急に整備しなければならない。
 領土交渉を有利に運ぶために必要なことは、何よりも日本の国力の強化、とりわけ外交力の背景となる軍事的強制力、拒否力の強化である。なぜなら、それが日本国の、主権護持への意思と能力を国内外に厳然と示す、何よりの現れであるからに他ならない。また同盟国米国との関係強化も不可欠である。
 そのような国家としての国益擁護への厳然とした意思と能力が背景にあってこそ、相手国と対等な立場での交渉が可能になる。そのことをロシア、中国、南北朝鮮は歴史的経験から国民レベルまで熟知している。半面、日本人は政府も国民も、そのような厳しい国際社会の現実に余りにも無自覚、無知であった。
 尖閣問題、北方領土問題の悪化も、中露両国が、日本の国力と国際的地位が低下し、米国との同盟関係が普天間問題などで疎遠となり、日本政府の外交交渉力も低下し経済的な見返り提示の能力も無い、また自国の経済成長により日本に依存する必要もないとの自信から、一挙に自国に有利な領土問題の既成事実押し付けを狙ったために生じたものである。防衛、外交、経済などすべての面で、日本の国力が相対的に低下していることの証左でもある。このまま放置しておけば、今後とも、周辺国は同様の観点からますます日本に対する傘にかかった強硬策を領土問題のみならず他の面でもとってくるであろう。今は国力培養と主権保持の意志が何よりも必要である。
 最も緊急を要する尖閣問題について対応するうえで、陸海自衛隊に領域警備の権限を付与する領域警備法が整備されていないのは、法制上極めて重大な問題である。領域主権の存在を立証するには、領域主権が「国家活動の平穏かつ継続的な表示(実効的占有)により維持されること(山本草二『国際法【新版】』(有斐閣、1996年) pp. 285-286。以下同じ)」が必要である。日本が尖閣諸島を固有の領土であると主張するのであれば、実効的先占としての要件を備えていることを立証しなければならない。そのためには、尖閣諸島とその周辺海域の「最小限の法秩序を維持し法的保護を確保」して、中国、台湾などの「第三国の介入を許さない程度の実力を保持して」いなければならない。
 また、現在の国際海洋法条約に定める沿岸国としてのさまざまの権利・義務を履行し、侵害に対して有効に対処しうる実力を保持していなければならない。すなわち、海上及び陸上における領域及び排他的経済水域などにおける警備、治安維持、防衛などの「国家権力の恒常的・規則的な発現と維持」が伴わなければならない。
 尖閣諸島について、日本政府は「尖閣諸島はわが国固有の領土であり、領土問題は存在しない」との立場をとってきたが、1970年以降、中国、台湾が領有権を主張しており、近年はしばしば海上での衝突事件、中台民間人の尖閣上陸といった事態が生じている。特に日本の尖閣諸島国有化以降、中国が公船を常駐させ、海軍艦艇による近海での演習などの示威行動を行っており、警察力では対処できない事態が生起する恐れが高まっている。
 しかし日本の現行の法制では、陸上自衛隊と海上自衛隊に領域警備の権限が付与されていない。そのため、日本が固有の領域、特に陸上と海上の領域を警備するうえで、警察力では対処できない事態が生起した場合に、領域主権に対する侵犯行為に有効に対処できず、国際条約上の責務を果たせないおそれがある。わが国の領域警備体制上のこのような法制上のきわめて大きな欠格は速やかに是正されねばならない。
 領域警備法では、陸海自衛隊に平時から領域警備を担当する任務と権限を明確に付与し、警察力が対応できない事態になった場合に、警察あるいは海上保安庁から警備任務を引き継ぎ、その権限の範囲内で速やかに対応行動をとることができるように規定する必要がある。特に重要な規定は、武器使用権限に関わる規定である。警備任務では、平時と防衛事態、あるいは平時と治安事態の間のグレーゾーンの緊急事態に対応することになるが、武器使用の権限もそれに応じて、状況に応じて段階的に武器を使用しうるように規定することになる。原則的には、警備対象となる不審者、不審船などの対応行動に応じて、まず警告を与え、それでも応じなければ警告射撃を行い、それでもなお応じなければ危害射撃を行うなど、警察比例の原則が適用されることになる。ただし、一般の警察行動とは異なり、状況によってはわが国領域に対する侵略行動とみなしうる行動を抑止または予防する必要がある場合もありうる。そのような場合は、最終的には命中射撃、あるいは船舶ならば撃沈といった武器使用も、現場指揮官の権限内で許容される余地がなければならない。
 それは以下のような理由による。まず、自衛隊が担任する警備の主対象は、国内法上の犯罪行為ではなく、国際法上の侵略または侵略を容易にするための偵察、破壊工作その他の準備行動である。その場合に自衛隊として対処すべき主体は、通常の犯罪者ではなく、特殊部隊を含む他国の正規軍、武装難民を装った民兵などの準軍事組織、武装工作員等であり、いずれも警察力を超える武力を持ち、任務上必要とあれば武力の行使を躊躇しない組織である。しかも偽装はしていても、その実体は正規軍の精鋭部隊であることが多い。最初に敵地に送り込む部隊は、その任務に関わらず最精鋭を派遣するのが、軍事上の常識である。
 このような脅威に対処するには、最終的にはその場で警備任務を果たすために必要な武力の行使、あるいは武器の使用の権限が、現場指揮官に付与されていなければならない。なぜなら、侵攻部隊側は、本来の任務を達成するためには、自衛隊と交戦してその行動が遅延し、あるいは余計な損害を出すことは極力避けなければならないはずである。そのためには、侵略を企図する側は、迅速にその任務を達成するため、いったん武力行使に踏み切ったならば、急激にその行動をエスカレートさせ、わが方の特に自衛隊の阻止行動を振り切り、本来追求しているわが国領域内の目標に向けて速やかに攻撃しようとすることになるからである。例えば、尖閣諸島上陸が目的ならば、海上自衛隊の阻止行動に一部で対処しつつ、阻止線を振り切り上陸部隊を乗せた揚陸艦艇を迅速に尖閣諸島に向けて前進させようとするに違いない。その場合には、必要に応じてそれらの艦艇の前進を阻止するための実力行使が自衛隊側には必要になる。現場指揮官としては寸刻を争う決断を求められることになるであろう。通信も錯綜し上級司令部あるいは中央の決定や命令を待ついとまがない状況に追い込まれる可能性は高い。そのためには、現場指揮官に必要な権限を事前に付与しておかねばならない。
 ただし、付与すべき権限については、シビリアンコントロールの趣旨に基づき、事前にさまざまのケースをシミュレーションして、不慮の事態の拡大あるいは紛争の生起など、中央の統制を逸脱した事態に発展しないよう、慎重にその範囲、時期、条件、権限を付与するべき現場指揮官などを事前に確定しておかねばならない。その結果を受けて、警備任務付与時に現場指揮官に対して、必要な任務とともに権限が明示されることになる。特に現場に派遣する指揮官の人選も重要であり、権限を委任する以上、最適格者を選定する必要がある。
 逆にいったん委任した以上、中央が現場指揮官の指揮権にみだりに介入してはならない。指揮統制・通信・情報などの手段が発達した今日では、現場の状況を中央が直接オンタイムで把握することも可能である。しかしながら、ひとたび権限を付与したならば、その権限の範囲内で現場指揮官が行動している限り、中央が余計な介入をすることは慎まなければならない。現場の状況を熟知しているのは現場指揮官であり、ライブのテレビ中継では把握できない現場の全体像と過去の経緯を最も承知しているのも現場の指揮官である。またその現場指揮官を選び権限を委任したのは人事権を持つ上級者であり、そうである以上は現場指揮官の識見を信頼しその判断を尊重すべきであろう。これらの現場感覚に立った領域警備法の整備が望まれる。
 また、警察から陸上自衛隊、海上保安庁から海上自衛隊に緊急時に円滑迅速に警備任務が引き継ぐためには、特に、だれが、いつ、どのような条件が成立した場合に、指揮を移転させるのかについて、決定権者と決定手続きを明確にしておくことが、極めて重要である。この指揮移転の判断に手間取れば、現場も戸惑い有効な対応行動をとれず、その間に相手方は封鎖戦を破って迅速に目標に向け突進することになる。その結果、わが方は主導権を奪われ現場も混乱するうちに、相手方の目標達成を許すことになる。
 また、指揮の移転に当たっては、指揮権限の移転の手続き、移転の時期、双方の指揮官の指定、相互の情報交換と通信連絡の要領なども規定しておく必要がある。特に緊急通信の通信規約、用語、周波数帯、報告様式等の共通化も、実行動上は極めて重要である。これらの細部の手続き的な事項は、直接法律で謳う必要はないかもしれないが、少なくともこれらの手続きについて必要な共通化を確実に行うことを明記する必要がある。このような法的な根拠がない限り、異なる省庁間での統制あるいは共通化を実現するのは容易ではない。
 また警察と陸上自衛隊、海上保安庁と海上自衛隊の間の、共同の訓練の要領、調整会議の開催、情報交換の実施などについても、規定しておく必要がある。訓練や情報の共有がない限り、実行動でも円滑な共同行動も指揮の移転も行えないことは、災害対応などでもしばしばみられることである。また米軍も交えた訓練も必要である。なぜなら、自衛隊は常に日米共同演習を積み重ねており、緊急時には状況により米軍との共同行動、情報交換などが警察、海上保安庁との間でも必要になる可能性があるためである。特に、通信連絡の確保が可能な態勢をとっておく必要がある。
 これらの問題は自衛隊だけで解決できるものではなく、警察、海上保安庁、米軍なども領域警備についての共同行動が可能な態勢がとられなければならない。また対外的に紛争の拡大防止、沈静化のための交渉を担当する外務省の役割は極めて重大である。また場合により、海洋調査を担当している文部科学省、環境モニターを担当する環境庁、通信周波数を扱う総務省など、関係官庁の協力、さらには関係自治体、マスコミ、航空会社、海運会社などの協力も必要になる可能性がある。そのためには、各省庁、自治体、民間企業も含めた包括的な法律が整備されなければならない。本来、領域警備は国全体の問題であり、警察、海上保安庁あるいは自衛隊のみで対応できるものではない。民間も含めた国家国民の総力を挙げた協力と支援があって初めて領域警備は全うできる。その意味では、国民全体の取り組むべき国家的な課題でもある。
                                                                                                                                                       

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