焦る北朝鮮と核保有能力を高める韓国

 政策提言委員 矢野義昭
 このところ北朝鮮では、軍の訓練が活発化し、グアムにも届くムスダン・ミサイルを展開し発射態勢が維持され、中朝国境では空挺部隊が降下訓練を行うなど、今にも戦争をしかねないような強硬路線が目立っている。このため、日米韓などの市民の間では不安感が高まっている。なぜ、北朝鮮はこのように強硬策をとっているのであろうか。

1 金正恩の路線転換とその背景
 金正恩体制になってから半年ほどは、金正恩夫妻がディズニーランド風の遊園地で遊ぶ姿が報じられるなど、ソフト路線が意図的にとられた時期がある。昨年4月の宇宙ロケット「銀河3号」の打ち上げは外国人記者団に公開された。失敗に終わったものの、金正恩は失敗の事実を国内外に認めた。これはゴルバチョフ流の「情報公開」を連想させる清新な政策であった。この頃までは、金正恩のソフト路線が維持されていた。しかしその後、政策は急激に強硬路線に傾いていった。
 強硬路線に転換した契機となったのは、昨年7月の李英鎬総参謀長の突然の解任であろう。解任理由として、李総参謀長が金正恩のソフト路線に苦言を呈したためとも伝えられている。このことは、金正恩に対する軍の信頼が失われていたことを示唆している。その後、人民武力部長、総政治局長の軍のトップ3役がすべて交替している。この人事には、軍をトップから掌握しようとする、金正恩指導部の意向が反映している。その陰には、「先軍政治」で力をつけてきた軍に対する指導部の奪権闘争があるとみられる。
 その一方で、金正恩自身については、「肝の据わった度胸のある指導者」というイメージを創り上げるための、一連の施策が矢継ぎ早に打たれた。その表れが、昨年12月のミサイル打ち上げ、今年2月の核実験、さらに米韓軍事演習に対抗した、戦争準備を思わせる全国的な軍事演習である。
金正恩が後継者として指名されるに先立ち、天安撃沈、延坪島砲撃という事案が起こったが、これは金正日が金正恩に後継者としてふさわしい「肝が据わった人物」か否かを試すために作為されたものとの見方もある。新たに人民武力部長に選ばれた金格植は延坪島を砲撃した第4軍団の軍団長であった。
 このような肝の据わった指導者としてのイメージは、ディズニーランドを訪問しているソフトイメージとは全く相反している。いずれが本当の金正恩の姿かと言えば、前者であろう。海外留学経験があり国際情勢にも通じている金正恩の本来の姿は、軍から見れば軟弱で、とても最高司令官としてついてはいけない若造と見られていたのではないだろうか。
 金正恩の指導力の不足を示唆する情報もある。昨年12月に軍のクーデターまたは軍間の衝突が起こり、それ以来金正恩が戦車を配置するなど身辺警護を強化しているとの情報がある。また、米軍のステルス爆撃機や無人偵察機が北朝鮮領内に入り、ピョンヤン上空で威嚇行動をとっているとも言われている。いずれにしても、金正恩は内外から、その指導力を問われる強い圧力にさらされており、追いつめられた立場にある。
 今の北朝鮮の過度の強硬路線と、金正恩の百八十度のイメージ転換の背景には、強硬路線をとり、国内外に「肝の据わった頼りになる指導者」を演出しなければ、自らの地位が危ないという、金正恩自身の焦りがあるのであろう。金正恩が内外の圧力をはねのけて、指導者としての独裁的な地位を築いていくのか、それとも指導力を疑われ権力の座から追われるのか、その成り行きが注目される。

2 非合理とは言えない金正恩の核戦力と経済建設の「併進路線」
 しかし、金正恩または金正恩指導部がとろうとしている路線は必ずしも非合理的ではない。今年4月1日の最高人民会議では、「核抑止力を質・量的に強化するため、実際的な対策を取る」ことなどを定めた核保有に関する法律が採択された。それに先立ち、労働党中央委員会総会で採択された「経済建設と核能力強化を並行させる新路線」を受けた措置であると報じられている。このような、核戦力の強化と経済建設の推進という併進路線は、それなりに合理的で効率的な富国強兵政策である。このような核戦力と経済建設の併進路線には歴史に先例がある。
 ソ連では、フルシチョフの「米国の大量報復戦略の後追い」ともとれる、核ミサイル偏重戦略に対し、ジューコフが反対し解任された。通常戦力の近代化を後回しにし、核ミサイルに国家資源を集中投入するとのフルシチョフの路線は、ソ連ではキューバ危機でのフルシチョフの向う見ずな、キューバへの核ミサイルの持ち込みという対米挑発行為を生んだ。その結果、フルシチョフ自らが権力の座から滑り落ちた。しかしその後継者となったブレジネフは、キューバでの屈辱を晴らすことを念願とする軍と党政治局員の一致した期待を受け、70年代に大規模な核戦力と海軍力の増強を進めた。80年代に入りソ連は、ようやく戦略核戦力において対米パリティに近づいたが、その頃ソ連経済はすでに破たん状態になっていた。ゴルバチョフは体制内改革を試みたが失敗し、結局ソ連体制そのものの崩壊を招いた。ソ連崩壊の最大の原因は、情報の閉鎖による技術の停滞と統制経済の非効率性が軍事力の重荷を支えきれなかったことであったと言えよう。
 このような経過をソ連の場合は辿ったが、中国共産党の場合は異なっている。革命を指導した毛沢東自らがフルシチョフの役割を果たした。彭徳懐は、義勇軍との名目で人民解放軍を率いて朝鮮戦争を戦い、米軍の近代戦力の威力を身をもって経験した。彼は、その経験に基づき、ソ連にならい人民解放軍を近代化することを優先すべきであると主張した。しかし毛沢東はその主張を退け、彭徳懐を失脚させ、まず「両弾一星(核爆弾、弾道弾と人工衛星)」を創り、対米、対ソ抑止力を確保しつつ、経済建設を進めようとした。毛沢東は、核時代の本質を良く理解していた。
 通常戦力の近代化には膨大な資金と人員を要する。しかし核抑止力はその間、他の大国、すなわちソ連に依存せざるをえない。国民党を打倒して武力で大陸を制覇した毛沢東にとり、ソ連の核抑止力に国家の安全の根本を依存することは考えられないことであった。毛沢東は、通常戦力の近代化を後回しにして、「両弾一星」の建設に国力を集中し、短期間に核ミサイルの開発を成し遂げた。
 毛沢東は、大躍進での失敗、文化大革命の混乱などを引き起こし、経済建設には失敗したが、自前の核抑止力を保有することにより、安全保障上の対米対ソ自立路線を確立することには成功した。その遺産の下で、ケ小平は「改革開放」路線を採用することができた。ソ連と異なり、中国は最小限の核抑止力を建設した後は、4つの近代化路線を採り経済建設を優先した。しかし、天安門事件を契機にして軍備拡張、特に核戦力と海空軍力の近代化に乗り出し、現在の「富強大国」中国をもたらした。
 そのことを北朝鮮指導部は学んでいる。金正恩指導部が打ち出した「併進路線」と「核戦力増強」政策は、貧しい独裁国が大国に伍しつつ富強国家になるための唯一の道である。今後、金正恩指導部は、軍を「核戦力増強」とそれを背景とする対外強硬政策でなだめつつ、本来目指していた経済建設を中国からの支援を当てに、漸進的に進めることになる可能性が高い。

3 北朝鮮が今狙っていること
 北朝鮮は、対外的には戦時態勢に入ったとしているが、国内ではピョンヤンでマラソン大会が開かれ、中朝の国境貿易も継続されている。ムスダンとみられるミサイルを垂直に立て発射即応態勢を誇示するなどの威嚇も行っている。しかし本当に戦争を考えているであれば、グアム攻撃の切り札であるムスダンを、これみよがしに掩蔽部から引き出し、長時間発射姿勢のままさらすようなことはあり得ない。なぜなら、そのようなことをすれば真っ先に敵の精密誘導ミサイルに撃破されるに違いないからである。実戦では、イラク軍のスカッドもそうだが、最後の瞬間まで掩体壕の中で準備したのちに、通常は夜間に掩体壕から出し、暴露時間を最短にするため、発射位置に着いたら位置確認と最終点検後、速やかに発射するはずである。発射位置でこれ見よがしに発射態勢をとるのは、衛星偵察を意識した威嚇行動であることは明らかである。これらの兆候から、今回の「戦争」は演出とみられる。ただし、北朝鮮指導部の発言通り、今後も核戦力とミサイル開発は最優先で進められ、核実験もミサイル発射も、新型核ミサイルの開発配備も続くであろう。
 開城工業団地の閉鎖は、北の経済の対中依存を決定的なものにすると予想されるが、それを承知の上で北が閉鎖に踏み切ったのは、中国流改革開放路線を今後、取り入れて漸進的な経済改革を進めるとの北朝鮮指導部の意向を反映した措置であろう。
 もともと中国は、南北朝鮮が直接、休戦ラインを越えて交易することにより、中朝貿易による利益を侵害されるのを好まなかった。ロシアと北朝鮮と中国が国境を接する豆満江河口の開発ではロシアと競り勝ち、北朝鮮が韓国との国境沿いに設けようとした経済特区を制限し、丹東と新義州に集中させるなど、中国は北朝鮮との貿易から独占的な利益を得ようとしている。それは同時に、国際制裁の目をくぐって禁制品目を密かに流すことにより、さらに中国に莫大な利益をもたらすと思われる。事実、中国は国際的な制裁にも関わらず、ほとんど実効性のある輸出規制をやってきていない。ぜいたく品などは国連制裁決議後も無関係に北朝鮮に流入している。
 北朝鮮は中国を信頼しているわけではなく、また中国による、北朝鮮の鉱物資源の利権買いとりなどの独占的な経済支配を最も嫌っているはずである。北朝鮮が中国型の改革開放を全面的に導入しようとしなかった原因として、対背の統制が緩み体制が危うくなるおそれがあるという点もあるかもしれないが、それは中国の独裁体制が維持されている現状を見れば、必ずしも説得力はない。むしろ、北朝鮮はあくまで主体思想を継承して、中国とは違う独自のやり方で経済建設を進めたいとの意思をもっていることが最大の理由ではないかと思われる。
それが今回の開城工業団地の閉鎖により、中国が北朝鮮貿易をほぼ独占する体制を許すことになる。その背景には、中国寄り路線を採ることと同時に、新たな韓国との間接的な和解のシグナルともとれる。なぜなら、李明博大統領は胡錦濤総書記との首脳会談で、中国が北朝鮮に中国式の改革開放を見習い、経済建設を進めるように説得してくれと再三依頼しているためである。北朝鮮は中国だけではなく、その背後にいる韓国の要望にも応じて、改革開放の方向に経済政策のかじを切ることを認めたことを意味している。そうなれば、経済特区も開城工業団地も意義を失う。北朝鮮全体がこれから徐々に中国型の改革開放の方向に経済体制も社会体制も転換していくことになるのではないか。それは北朝鮮との統一に際して韓国の経済負担が減ることを意味し、南北統一が一歩近づいたことを意味しているともとれる。
 その場合に、最後まで残るのは核兵器の問題である。しかしこの点でも、韓国の核兵器保有の潜在能力は、原子力発電の発電量とそれに伴う大量の使用済み燃料の蓄積、朴正煕大統領時代に密かに核兵器開発を続け、プルトニウムの抽出技術も持っていること、米国の核燃料サイクルを認めるよう要求していることなどから、北朝鮮以上に能力があることは間違いない。宇宙ロケットの打ち上げはやや遅れたものの、ミサイル技術でも固体燃料を使用し精度も高く、北朝鮮よりも優れている。韓国は米国の了解を得て、巡航ミサイルは射程1千キロから1,500キロ、弾道ミサイルは射程800キロ以上のものを開発配備しようとしている。
 韓国は北朝鮮が核兵器開発を止めないのであれば、それに追随するように自らも核兵器開発の潜在能力を向上させる意志と能力を持っている。北朝鮮の通常戦力はここ20年来特殊部隊とそれを支援する輸送手段以外、ほとんど近代化が進んでいない。それに対して韓国は米国から最新鋭の装備を取り入れ、一部の国産化にも成功している。ハイテク部品の進歩も著しく、国産品の性能が向上し、韓国の武器輸出額は世界第5位になっている。
 このように韓国の潜在能力を考えれば、北朝鮮には核ミサイルの面でも勝ち目は益々なくなってきている。その点でも、中国流の改革開放で早急に経済の立て直しをする必要に北朝鮮は迫られている。しかし軍の近代化を実現するほどの時間は、もう北朝鮮の指導部には残されていないのではないか。韓国との格差はむしろ拡大している。そこで、最小限、朝鮮半島から退く意向を見せている米国と平和条約を締結し、朝鮮半島への再度の軍事介入の可能性を封じることを目指すというのが、北朝鮮指導部がいま強硬路線で揺さぶりをかけている狙いではないかと思われる。従って、いずれ米朝会談が始まり、そこから北側の本音が見えてくるはずである。北朝鮮は核保有国と認めさせ、米国への核抑止力を維持するとともに、平和条約を締結させることが最大の狙いであろう。
 米国としては、北朝鮮を核保有国と認めれば、核保有国を現在の5大国に限定したNPT体制が崩壊することになり、認めなければ北朝鮮がNPTを脱退し、それに続いて韓国も脱退する可能性が出てくる。それに続き日本が核保有に踏み切り、東アジアから世界中に核拡散の連鎖が起こることを米国は最も懸念している。米国としては、北朝鮮を明確な核保有国とは認めないままに、実質的核保有を黙認し、中国に対する北の主権維持の切り札とさせるとともに、韓国と日本の核武装を阻止することを目指すのではないかと思われる。

4 注目すべき韓国の潜在的核ミサイル保有能力
  他方の韓国は、核兵器保有国としての潜在能力を着実に高めつつある。北朝鮮の通常戦力はここ20年来、ほとんど新装備への更新は進んでおらず、対地攻撃機のように大幅に削減されたものもある。唯一増強されているのは、特殊部隊とそれを支援する小型の潜水艦、舟艇、情報収集艦、小型輸送機・ヘリ等である。北朝鮮の勝ち目は、以下のような非対称の戦いしかないであろう。即ち特殊部隊を、休戦ライン沿いに展開した火砲、ロケット弾、スカッド等の火力支援下に、奇襲的に米韓軍の背後に送り込み、ソウルを陥落させ市民を人質にとり、そこで核恫喝をかけて米韓軍の本格反攻を封じて停戦に持ち込むといった戦いになるであろうということである。
 しかし、韓国軍が独自の核報復力を保有し、北朝鮮の核恫喝に対抗できるとすれば、非対称の戦いを挑んでも、近代装備と兵站支援能力に欠けた北朝鮮軍は、時間と共に急速に戦力を涸渇させ、敗北することになる。いま韓国は北朝鮮の核恫喝に屈しない実力を持ちつつある。
 韓国は世界7位前後の原発大国であり、使用済み核燃料棒が大量に蓄積されつつある。しかも韓国は米国に対し、日本と同様に、使用済み核燃料の再処理を含む、核燃料サイクルの保有を認めるよう要求している。また、韓国は現大統領の父である朴正煕大統領時代に約10年間、密かに核兵器開発を続けていた。韓国はプルトニウム抽出の技術も持っている。韓国のコンピューター技術を持ってすれば核実験なしで、核兵器の設計をすることも不可能ではないであろう。運搬手段のミサイルについても、射程800キロ以上の弾道ミサイルの開発配備に着手している。宇宙ロケット打ち上げでは北朝鮮に先を越されたものの、韓国のミサイル技術は、米国の先端技術と国産のIT部品を組み合わせ、固体燃料を使用し、精度も向上している。武器輸出でも韓国は既に世界で4位前後を占めるなど、国産装備の水準を向上させている。
 以上の韓国の核とミサイル両面の潜在能力を見れば、明らかに北朝鮮を短期間で凌ぎ得る水準にある。韓国は米国の暗黙の承認と国家意志の決定さえあれば、イスラエルのような潜在核保有国になることができる。そのことを北朝鮮は認識しているが故に、核兵器の質的量的強化を続けることを今回表明したのであろう。しかし同時に、北朝鮮は最後の切り札である核ミサイルの優位さえ封じられるという焦りを感じているに違いない。それが、かつてない北朝鮮の強硬姿勢に反映しているといえよう。

                                                                                                                     

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