八重山の危機は眼前に在り
 安倍内閣が尖閣を見捨てる(上)
長崎純心大学准教授  いしゐのぞむ

▽9月上旬にも危機か  
 安倍内閣は「チャイナ側の尖閣主張が存在することを認知する」などの讓歩を企んでゐるらしい。共同通信7月9日の報道によれば、6月に北京に出向いた谷内正太郎内閣官房參與(さんよ)が、「尖閣に外交問題は存在する。チャイナ側の主張を妨げない」などの妥協案を提示したといふ。日本政府は否定したが、誤報として抗議もせず、態度不明瞭である。
 テレビ朝日「報道ステーション」7月29日午後10時40分頃の報道によれば、「尖閣につきチャイナが主張するのは自由だ」との立場を日本政府が取る見込みだといふ。これにつき日本政府は否定しなかった。
 他にも類似の報道は多々有り、9月上旬にも讓歩するだらうと、もっぱらの噂である。その實否(じっぴ)は分からないが、このところ谷口智彦内閣審議官、飯島勲官房參與、齋木昭隆外務次官、伊原純一アジア大洋州局長らが次々に北京詣でを繰り返し、北京からは誰も日本に來ない。なぜ北京に詣でる必要があるのか。先方は尖閣を議題とすることを首腦會談の條件にしてゐるのだから、日本はわざわざ詣でなければ終る話である。安倍内閣が尖閣で讓歩を準備中だと考へざるを得ない。

▽アメリカの都合 
  讓歩を迫られる原因は、アメリカに在るのだらう。尖閣に於けるアメリカの態度は、臺灣(たいわん)に於けると酷似してゐる。私のやうな素人からみれば、臺灣が一つの國家として獨立(どくりつ)し、完全にアメリカ側に就けば、アメリカにとって最大の利益となる筈である。ところが現實(げんじつ)のアメリカは臺灣の獨立を半ば支持しながら、半ば抑へ込み、平衡を取らうとして來た。それがチャイナ貿易の利益のためなのかは分からない。 
 尖閣に於いてもアメリカは日本の自衞を支持しながら、同時に「平和的解決を望む」との言辭(げんじ)を繰り返し、自衞隊常駐の動きを牽制してゐるやうに見える。アメリカの論壇では尖閣棚上げ論が勢ひづき、アメリカ政府の要求を代言するが如くである。 
 ウォール・ストリート・ジャーナル日本電子版が6月12日に掲載した訪問録によれば、コロンビア大學教授ジェラルド・カーティス氏は、尖閣を棚上げするのが得策だらうと述べた。この種のアメリカの議論は隨分と多くなって來た。 
 安倍内閣のゆらぎが報道されるとともに、國内でも棚上げ論を主張する左翼言論人が増えてゐる。鳩山由紀夫氏、野中廣務氏、孫崎享氏は言ふに及ばず、朝日新聞、毎日新聞、そして栗山尚一元外務次官、アニメ監督宮崎駿氏まで、棚上げ大合唱で懸命に民意を誘導する。 
(つづく)
平成25年8月24日付 八重山日報より転載





八重山の危機は眼前に在り
 安倍内閣が尖閣を見捨てる(下)

▽尖閣五百年、ゼロの歴史
 
 日本がチャイナの主張を「認知」するだけでも、事實(じじつ)上は尖閣喪失に等しい。チャイナの船舶は益々我が物顔に尖閣海域を出入し、認知してしまった日本側は永遠に彼らを逮捕できなくなる。北側の守りを失った宮古八重山には、明日にも目醒めればチャイナ勢力が迫ってゐるだらう。 
 さきの世紀後半に棚上げの黙契があったか否か、そんな瑣末なことはどうでも良い。西暦1534年に琉球國公務員が使節陳侃を案内して尖閣を渡航して以來、尖閣は文化的沖繩圏にして法的無主地であった。漢文「釣魚嶼」の命名者も沖繩人だと推測される。それ以前の西暦1461年「大明一統志」以來、歴代史料では尖閣の西方に常にチャイナ東限の線が存在するが、チャイナ側は無視する。首里を中心とする風水概念の「中外(内外)の界」も、チャイナの中外だと曲解する。しかし結局、長い歴史でチャイナはゼロなのである。いま政府が正式に「認知」するならば、ゼロから一へ、純潔から傷物へ、尖閣480年史上で初の大轉換となる。  
   
▽地元の意志表示を  
 日本政府は明治28年(西暦1895年)、尖閣を沖繩に編入した。同じく東シナ海に面する長崎や鹿兒島に編入しなかったのは、政府が沖繩を信頼し尊重した表れだらう。明治政府に陰謀家の一人も有れば、鹿兒島に編入して沖繩とチャイナとの間のくさびとするやう進言した筈だが、そんな動きは一つも無かった。 
 くさびを打つどころか、明治13年(西暦1880年)、政府は先島諸島(宮古・八重山)を沖繩から分割してチャイナに賣(う)り渡さうとした。所謂「分島改約案」である。日清兩政府は分割で合意までしてゐたが、幸ひに不調に終った。もし正式調印成れば、今頃島民はどんな暮らしをしてゐただらうか。 
 されば政府はくさびを打つほど奸邪でもないが、うっかりすると「大局的利益」とやらのために小さな先島諸島を捨てる。今島民が立ち上がって意志表示しないと、分島改約案と同じやうに、政府は尖閣を切り捨ててアメリカに媚びるだらう。まして左翼の棚上げ論は、沖繩の頭越しにチャイナに媚びるばかりで、島民の利益など微塵も考へてゐない。 
 今こそ島民自身の行動力が必要である。地元のためにも、日本のためにも。最後に、本稿で使用した正かなづかひ及び正漢字の趣旨については、「正かなづかひの會」刊行の「かなづかひ」誌上に掲載してゐる。「國語を考へる國會議員懇談會」(國語議聯)と協力する結社である。 
 
いしゐのぞむ  
 長崎純心大学准教授。昭和41年、東京都生まれ。京都大学文学研究科博士課程学修退学。平成13年、長崎綜合科学大学講師。21年より現職、担当講義は漢文学等。
 
平成25年8月25日付 八重山日報より転載

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