安倍総理の靖国参拝を考える
JFSS顧問・日本国際フォーラム副理事長  平林 博

 12月26日に安倍総理が靖国神社を参拝した。これを支持ないし歓迎する日本人は多い。しかし、案の定、中国および韓国は強烈に反発した。左翼傾向の強いわが国マスコミや「知識人」も、中韓政府の反安倍の合唱に加わった。在京米国大使館は「(参拝直後の総理発言のなかの)過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に留意する」としながらも「失望している」との声明を発表した。1日遅れで、ロシアもEUも、批判に加わった。台湾はマイルドな批判をした。東南アジアやインドなどは、特段の批判はしていない。中韓や一部日本のマスコミが良く使う「アジアの反発」などは、ここには見られない。反発しているのは中韓だけである。北朝鮮ですら、強い反応はしていない(注/12月28日現在)。
 靖国神社をどう理解するかは人によってさまざまだが、戊辰戦争以来のすべての日本人戦没者(ただし、戊辰戦争については官軍のみ)を祀っている。今回、安倍総理は、旧日本軍と戦って散った米国人や中国人を含め、世界のあらゆる国の戦没者を祀った鎮霊社にも参拝し、今後の平和を祈った。バランス感覚を働かせたのである。
 問題は、1978年以来、靖国神社にはA級戦犯が合祀されたため、中国が中国侵略の責任者への敬意を表する行為だとして、反発してきた。米欧やロシアなどの戦勝国も、極東軍事裁判の正当性へのチャレンジ、さらには戦後の戦勝国の作った秩序へのチャレンジと受け止め、批判に傾く傾向がある。最近では韓国も反発するが、韓国は日本が外交交渉によって併合した相手であるから、旧日本軍は韓国人とはそもそも戦っていない。韓国の靖国批判は、大きな歴史問題の文脈の中でとらえられているようだが、歴史的にも、理論的にも、日本が戦った中国や連合国と同じ土俵には立てないはずである。韓国の場合は、日本への「怨」の感情の一つの捌け口なのであろう。
 米国人の中でも、例えばジョージタウン大学のケビン・ドーク教授は、「靖国問題は、日本国民と国会議員が自ら決める内政問題だ。中国と韓国がなぜ、この日本の国内問題に首を突っ込むのか、いまだに理解できない。安倍首相の靖国参拝は戦争を始める意思の合図でもなく、旧日本軍を奉ずるものでもない。首相は、国内外で国家と国民のために命を落とした人々の霊を、慰めたいと欲しているのだ。中国と韓国の指導者は、同じように自国民を慰霊したいと望まないのだろうか。(中略)今度の靖国参拝で最も印象的なのは、本殿だけではなく鎮霊社を訪れた意味を理解して欲しい。ここには第2次大戦で、旧日本軍と戦った米国人や中国人なども含まれている。安倍首相が鎮霊社を参拝したのは平和を望む意思があったからであることは明白である」(産経新聞12月28日付記事からの抜粋)と述べている。
 外交的には、中韓との首脳会談がさらに遠のくのみならず、両国からの各種の反日言動が増えるであろう。しかし、安倍総理が1年有余、首脳会談を呼びかけてきたにもかかわらず、中国はこれを無視し、さらには中国艦船による尖閣諸島の領海および接続水域への挑発的な侵入を恒常化させ、挙句の果てにはわが国のそれと重なるような防空識別圏を設定し、しかも公海上空であるにもかかわらずそこへの飛行につき事前の許可を申請するようを求めてきた。
 韓国は、任期末期の李明博大統領による竹島上陸に加え、天皇陛下に対し「訪韓したいのなら日本占領の犠牲者の前で跪け」などの侮辱的発言をして、日韓関係を悪化させた。朴槿惠大統領はかつて日韓関係正常化を実現した朴正煕大統領の娘であるので、関係改善が期待されたが、就任以来反日言動を繰り返し、諸外国首脳との会談でも日本の陰口を言いまわっている。首脳会談に応ずるどころか、オリンピック招致の決戦投票前日には、東京招致を邪魔するがごとく、これ見よがしに福島等数県からの水産物の輸入禁止措置を発表した。ちなみに、水産物のない栃木県産品まで禁輸対象になったのは、「お笑い」だ。最近では、南スーダンでPKOに従事している韓国軍から、現地の日本の自衛隊司令官に対し弾薬の緊急融通を打診された。政府は、在京韓国大使館からの正式な要請を待って、「武器禁輸政策」を敢えて柔軟に解釈し、無償提供した。ところが、韓国の反応は、「弾薬は余っており、日本から借りる必要はなかった」(国防省)、「支援は国連に頼んだのであり、それ以下でも、それ以上でもない」(外交部)と、評価するどころか、「後ろ足で砂をかける」様な反応であった。これが今の韓国なのである。
 靖国参拝に戻れば、安倍総理の参拝決意は、こちらからの色々なアプローチや発信にもかかわらず、中国も韓国も日本批判を強めるばかりなので、信念を曲げて自制してきた靖国参拝について「これ以上待つ必要はない」と判断したのであろうと推測する。総理自身は、勿論そのような発言はしていないが、心情は推し量れる。
 あとは、総理自身が言っているように、国民に対してのみならず、世界に対して、靖国神社の何たるかをよく説明し、参拝した自分の真意、とくに「今日の平和国家日本があるのは、尊い生命を国にささげた英霊のおかげであることを感謝し、今後の平和への誓いを告げた」ことを繰り返し発信するべきであろう。
 総理への批判の問題は、靖国参拝を批判する中韓の日本批判に「塩を送る」ものが多いことである。首脳会談の拒否ほか、理不尽な態度をとっている両国の政府やマスコミをもっと批判した上の安倍批判であればより説得力を増すだろうが、そうではない。
 また、米国が「失望した」などと批判していることを鬼の首をとったように論ずる向きもあるが、それで日米同盟が揺らぐことはないであろう。折から、安倍総理の大英断と米国の理解により、普天間基地の移転など沖縄に対する画期的な措置が発表され、仲井真知事が名護市の海岸埋め立てに同意したところだ。
 ただ、米国政府は、不快感を伝えるのであれば、ケネディ大使が外務大臣に電話で伝えるか、声明を外務省に届ければよく、一方的に声明を公表したのは、同盟国としての配慮に欠いたものであったと言わざるを得ない。このようなことに対しては、きちんと米側に言わないと、繰り返しが起こる可能性がある。なぜなら、現在のオバマ政権は、小泉時代のブッシュ政権とは大違いだし、クリントン夫人が国務長官として外交を指揮していた第1次オバマ政権とも異なる。勿論、中国に対し厳しい傾向のある米国議会とも異なる。中国による日米関係へのクサビの打ち込みの余地を与えないことが必要だが、米国に対しては繰り返し丁寧に発信し、説明して行く必要がある。
 現在のオバマ政権は、中国が「世界をG2で支配する」と言っても反発することはなく、対中融和的である。シリアやイランに対する優柔不断を見るにつけても、今後が心配である。このような米国に対しては、日本の主張をしっかりと伝えることである。現に、中国や韓国は、米国政府や地方政府に対し、言いたいことを言い、やりたいことをしている。わが国はもっと品位を持つ必要はあるが、主張すべきは主張しないと、国際社会では馬鹿と見られるか、不利益を蒙るか、どちらかだ。
 いずれにしても、わが国の外交は、新年になっても苦難が続きそうである。こういう時こそ、国民はできるだけ団結する必要がある。「外交は内政の延長」「国内の争いは水際まで」とは、昔から言われる強い外交の基本条件である。国力が強いことも必要であり、アベノミクスなど経済政策に最重点を置いて、国力の増大と国民福祉の向上に努めてもらいたい。同時に、新年度の予算や沖縄対策ではっきり出てきたが、わが国を守るための自衛隊、海上保安庁の充実、米軍基地の効率化などを粛々と実施して行くべきであろう。
 今回の安倍総理の靖国参拝への賛否は、国民各人の判断が異なるであろうが、わが国の国益のためには国民の団結が今こそ必要と考える。                                                         (了)
(注)本稿は平林の個人的見解であり、組織としての日本国際フォーラムの見解を代表するものではない。

*以上は2013年12月28〜30日、日本国際フォーラム「百花斉放」(3回連載)に投稿された平林博氏の記事を転載したものです)

ホームへ戻る