陰のNo2張成沢の失脚
政策提言委員  西村 金一

 北朝鮮は昨年12月、「陰のナンバー2」だった張成沢(チャンソンテク)氏を北朝鮮の指導体制に挑む反党、反革命分子と見做し処刑した。張氏の失脚は何を意味するのか。
 張氏は故金正日(キムジョンイル)総書記の妹である金敬姫(キムギョンヒ)の婿であり、金正恩(キムジョンウン)第1書記の叔父にあたる。金総書記に金正恩氏を後継者にするように働きかけたのも張氏であり、正恩氏の後見人となっていた。この異常な事態をひもとくには、過去の考察から始める必要がある。
 2007年には秘密警察である国家安全保衛部を指導する党の行政部長、10年には国防副委員長に就任し、当時の李英鎬(リヨンホ)軍総参謀長(軍のトップで次帥)とともに軍、秘密警察、党の実権を掌握しつつあった。張氏は金独裁体制を維持する中で、中国との関係を保ち、さらに経済改革を進める一方で秘密警察を掌握し、反目する人物の排除にも当たっていた。これだけの権力を持つ張氏が失脚したことは、北朝鮮政権内部の異常事態といえる。
 08年ごろから、張氏と同時に実権を握りつつあったのが、李次帥だった。李氏は11年の軍事パレードの観閲台では、金正恩氏の背中に後ろから右肘を乗せていた。さらに、金総書記の葬列では金正恩氏の左隣(ほぼ同列の立場を意味する)で行進するなど、自分が実質トップであるような尊大な態度を取っていた。
 それに危機感を抱いた張氏は、自分の右腕である崔竜海(チェリョンヘ)を次帥に昇任させ、軍総政治局長、党中央委員会政治局の常務委員(党のトップ4の1人)などに押し上げた。そして、その崔次帥の力を利用して12年7月、李次帥を失脚させたのだ。それ以降、北朝鮮の実権を握ったのは張氏であったのだ。
 張氏には「負」の側面もあった。一時は金総書記の長男、金正男氏を後継者とするよう働きかけ、現在も金正男との関係が途絶えていないとのうわさが絶えなかった。権力が張氏に集中してきたことと合わせて、金正恩氏から不信感を持たれた可能性は高い。
 では、金第1書記自らが党、軍、秘密警察などを動かして張氏を失脚させたのかといえば、大いに疑問だ。なぜなら、張氏が失脚に至るまでには、複雑な権力闘争が絡んでいるからだ。@張氏と崔次帥との権力争い、A張氏と軍強行派の対立、B将来政敵となる長男金正男氏と張氏との関係などだ。私は崔次帥が、軍の利権を奪った張氏に不満を募らせていた軍の支持を得て、金第1書記に進言。金第1書記が最終決定した可能性が高いと考えている。
 張氏派を追い落とせば、崔次帥の力は、軍内部だけではなく、党の意思決定機関である中央委員会、党の実務を司る書記局、秘密警察までにも及ぶ。つまり、金第1書記を除けば、「表」の世界も「陰」の世界もすべて崔次帥が牛耳ったことになる。
 だがこれにより、北朝鮮内部の混乱には拍車がかかる。
 金第1書記がこれらの力をコントロールできなければ、金第1書記自身が排除される恐れもある。自分の権力を安定化するために、現実的で実務能力が高い人物を失脚させ、中国に不信感を与えては、経済的に困窮している北朝鮮経済を立て直すことはできない。政権内部が混乱すれば、金第1書記が核搭載の弾道ミサイルのスイッチを押すという最悪の事態になりかねない。

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