「緊張高まる南シナ海情勢」
理事  川村 純彦
西沙諸島における中国の横暴
 5月3日、中国国有の中国海洋石油総公司(CNOOC)は、西沙諸島付近海域における石油掘削の実施とそれに伴い周囲3海里内への外国船の進入を禁止する旨の発表を行った。大型深海掘削リグ「海洋石油981」を設置しようとする中国に対して、当該海域は自国の排他的経済水域(EEZ)内にあると主張するベトナムとの間でにらみ合いが続いたが、5月7日になって、同リグ警護のために派遣された中国海軍と海警の艦船を含む約80隻とベトナムの海洋警察の警備船及び漁業監視船約30隻が現場で衝突する事態が発生した。
  武器の使用こそなかったものの、体当たりや高圧放水が繰り返された結果、双方に船体の損傷や負傷者が発生した。
  一触即発の緊張状態はなお続いており、5月17日の報道では、少なくとも4隻の軍艦を含む130隻の中国艦船と航空機2機が現場付近に展開している。
  掘削海域は、ベトナム沿岸から約130海里,中国海南島から約180海里の距離にあり、双方の国のEEZ内であるが、境界は画定されていない海域である。
  衝突の発端は、中国が係争中の海域で一方的に石油掘削作業を開始し、周囲に海軍や海警の艦船多数で警護するという国際法を無視した実力行使に及んだことであり、この挑発的な行動を目の当たりにした世界の各国、特に日米両国、ASEAN諸国は、対中警戒感をさらに強めた。

日米の中国批判とASEANの緊急声明
  菅官房長官は8日の記者会見で「中国の一方的、かつ挑発的な海洋進出活動の一環であると受け止めている。中国はベトナムと国際社会に、自らの活動の根拠を明確に説明すべきだ」、「境界未確定の海域で、中国側の一方的な掘削活動の着手で緊張が高まっていることを憂慮している」と述べ、中国を批判した。
  米国政府も、中国がベトナムも領有権を主張するベトナム沖に石油掘削装置を設置したことは挑発的であり、地域の緊張を高めるとの認識を示した。
  衝突の直後、ミャンマーの首都ネピドーでは予定どおりASEAN首脳会議 と外相会議が開催され、10日の外相会議では南シナ海の現状への深刻な懸念を示す異例の緊急声明が発表された。
  11日の首脳会議後に出された宣言では、関係国に自制と武力の不使用を要請し、南シナ海で関係国の行動を法的に拘束する行動規範の早期策定を求めたものの、特定の国を名指しすることは避けた。その上、外相会議声明にあった「深刻な懸念」も宣言に盛り込まれなかったが、最終的には首脳会談議長声明に盛り込まれることで決着した。

拡大するベトナム国内の反中行動
  一方ベトナムでは、今回の衝突を引き金に、全土に反中国デモが広がり、一部の暴徒化したグループが中国系企業に対する破壊や放火などの違法抗議行動を行ったために死傷者も発生し、中国系企業の従業員約4千人が国外に脱出した。
  中国の抗議を受けたベトナム政府は、反中デモの強制排除に転じたが、国民の間には中国への不満がくすぶったままであり、中国への対抗姿勢と経済の中国依存という矛盾に加えて社会の安定維持という新たな問題が生じており、困難な舵取りを迫られている。
  中国の今回の強引な行動の目的について、中国政府はCNOOCによる長期的な石油探鉱計画の一環と位置付けているが、それまでの中国の動きから見て、海洋資源の獲得という経済的な目的よりも、既成事実を積み重ねて南シナ海全域の支配を狙う戦略的な動きと見るべきであろう。
  海洋大国を目指す中国にとって南シナ海は、漁業資源や石油、天然ガスなどの埋蔵資源の獲得といった経済的な必要性もあるが、それ以上に中国海軍の外洋進出ルートの確保及び確実な核報復力の獲得という戦略上の必要性が大きい。
  確実な核報復力の獲得とは、ミサイル原子力潜水艦(SSBN)を展開させるための安全な海域を確保すること、即ち聖域化であり、中国にとって戦略上の至上命題である。
  米国との「新型大国関係」を唱え、米国と肩を並べる超軍事大国を夢見ているが、中国が南シナ海を聖域化して米国と対等の核抑止力を獲得し、世界各地に軍事力を展開できるようになる事態は将に悪夢である。
  オバマ大統領のアジア訪問終了直後に、中国が今回のような行動をとったことについて、次の理由が考えられる。

紛争海域での掘削施設建設で領土拡大を謀る中国
  米国はこれまで、中国が東シナ海に防空識別圏を設定するなどの一方的な行動をとる度に懸念を表明してきた。オバマ大統領が4月のアジア訪問において、尖閣諸島防衛が日米安保条約第5条の適用範囲に含まれることを表明し、米比軍事協定に調印して米軍のフィリピン再駐留に道を開くなど、安全保障の重点をアジア太平洋地域に移すリバランス戦略の再補強を図り、これらを通じて中国の度重なる挑発に対して強い警告を発したばかりであった。
  一方中国は、米国のアジア回帰の動きに対抗するため、南シナ海の実効支配に対する自国の強固な決意を示す必要が生じ、米国の注意がクリミア半島情勢に削がれている隙を捉えて、オバマ政権とアジア諸国の決意を試す挙に出たものと考えられる。
 2012年8月、CNOOCが「海洋石油981」リグを導入した際に王宜林・薫事長は「この大型深海掘削リグは中国の動く領土であり、戦略兵器である」と明言した。今回の中国の行動は、王董事長の言葉を裏付けたものであり、資源の開発よりも紛争海域内に掘削施設を建設することによって新たに領土を獲得し、次々に管轄海域を拡大しようとしているのは明らかである。これは海洋の秩序と安定に対する挑戦であり、国際法を無視した危険な行為と言わざるを得ない。
  一方、べトナムは米国との軍事協力関係を強化するため、米軍艦艇のカムラン湾への寄港を推進すると同時に、ロシアからキロ級潜水艦6隻、Su-27(9機)、Su-30(64機)戦闘機などの新しい兵器を輸入して侮りがたい兵力保有している。
  そのため中国は、ベトナムに再び侵攻するには慎重にならざるを得ないが、中越は双方とも実力行使をためらっていないため、今後、海上での小規模衝突は続くであろう。

西沙諸島以外の現況
 ここで西沙諸島以外の南シナ海の最近の状況を概観してみよう。
  2012年4月、中国は南シナ海のルソン島の西約220kmにあるスカボロー礁に対する領有権を主張して実効支配中のフィリピンと対立し、両国の艦船がにらみ合って緊張状態が約2カ月間続いたが、フィリピン側の隙をついた中国が多数の武装漁船を用いてスカボロー礁を占拠して以来、軍事施設の建設が急ピッチで進められている。
 2012年6月、中国は領有権の確定していない西沙、南沙、中沙の3諸島を管轄する三沙市の樹立を決定し、西沙諸島最大の永興島に市政府を設置するとともに守備隊の配備を行った。永興島はベトナムと台湾が領有権を主張しており、その他の関係諸国からも強い反発を招いた。
  今年1月には、中国が南シナ海で操業する外国漁船に対し、操業許可の申請を義務付ける法規を施行した。
  また、フィリピンの主張する排他的経済水域(EEZ)内にあって中国が実効支配している南沙諸島のジョンソン南礁にレーダーやヘリ離発着場を備えた施設が建設されていたが、中国が大量の砂を搬入し、埋め立てによって滑走路を備えた基地に拡張中であることが今年3月に判明、フィリピン政府が外交ルートを通じて中国に抗議中である。
  これら南シナ海全般の動きから判断すると、中国の今回の行動は資源獲得が主目的ではなく、南シナ海全域のコントロール、即ち、南シナ海の聖域化という戦略目的であることは明らかである。そうであれば、中国に対して交渉によっての問題解決や妥協は期待できない。
  むしろ利害を共有する諸国と連携して中国の強引、かつ挑戦的な膨張を阻止する以外に有効な方策は考えられない。

ASEAN・豪・印の結束と日米合同パトロールが中国の膨張を阻止する
  よく見ると、今や中国は、韓国との関係を除けばアジアで殆ど孤立している。
  5月20日から中露海軍共同演習を実施し、プーチン大統領が訪問するものの、ロシアの対中信頼感は揺らいでいる。北朝鮮の中国に対する信頼も希薄となり、親密だったミャンマーとは、ここ2年は絶縁状態である。穏健だったフィリピンも、南シナ海の領有権を争う中国を国際司法裁判所に提訴し、米国とは新たな軍事協定に調印した。シンガポールは米海軍沿岸戦闘艦(LCS)の前方展開基地として最大4隻の母港化を受け入れ、マレーシアではジェームズ礁に対する中国の領有権主張を契機に対中警戒感が増大している。インドネシアはナツナ諸島周辺のEEZを認めない中国に対する不信感があり、2010年には不法操業の容疑で拿捕した漁船を中国に奪回される事件が発生して以来、対中関係は悪化している。さらに、莫大な援助を受けてASEANで中国の代理人を務めてきたカンボジアは、先般のASEAN首脳会議における中国非難の共同声明に反対しなかった。
  このようにアジア太平洋地域の全般情勢は、中国にとって不利になりつつあることは明らかである。
  国際法を無視して独善的な行動で勢力の拡大を謀る中国の膨張を阻止するには、対中懸念を共有するASEAN諸国や価値観を共有するオーストラリア、インド等の友好国との結束こそが唯一の方策であろう。
  この際、日本が取り組むべきは、まず防衛力を強化し、日米同盟を中軸としてこれらの諸国との連携を強化することである。
 その手始めとして、南シナ海と東シナ海で日米合同パトロールを開始することを提唱したい。  (了)

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