南シナ海問題は中国の命取りになるか?
―全ての核心的利益で問題解決を図れない習政権―


政策提言委員  金田秀昭

kaneda高まる中国への反発
 中国はベトナムとの間で、南シナ海を巡る領土係争を抱える中、5月初め、西沙諸島周辺海上で石油掘削に強引に着手しようとして、両国の政府公船などを巻き込む衝突を引き起こした。ベトナムは、中国の公船がベトナム船に故意に衝突したり、放水したりしている映像を直ちに公開するなど、国際社会へ積極的な広報を実施したが、これに対し中国政府は事実を一切認めず、証拠を開示しないまま、強い口調を用いてベトナムを非難してきた。
 両国のにらみ合いは現在も続き、ベトナムの漁船が中国漁船から体当たりされて沈没するなど緊張は高まっている。地域や米国の反応は素早かった。衝突直後のASEAN外相会議や首脳会議では、(名指しは避けつつ)比国との係争を含め、強い懸念や危険な振舞いを非難する声明が出された。比国との基地使用協定について合意したばかりの米国は、中国が80隻以上の軍艦、公船及び民間船を送るという極めて計画的、組織的な「一方的で挑発的な行動」に対して、「地域の平和と安定を脅かす」として懸念を表明し、対中国で軟弱な外交姿勢をとっていると見られていた米国も、遂に反中の姿勢を明確にした。
 東シナ海ではどうか。尖閣諸島を巡って日本に対し強圧的姿勢をとる中国は、最近も通常の監視を行うため東シナ海の公海上で自衛隊機に対し、戦闘機が無警告のまま超接近するなど、確立された国際法や慣習ルールを無視した不当かつ不穏な行動をとっている。
 日本は、南シナ海問題を念頭に、既にベトナムや比国に対し、ODAによる巡視船供与についての政府間協議を進めてきた。集団的自衛権や集団安全保障の憲法解釈見直しを推進している安倍首相は、最近シンガポールで行われた「アジア安全保障会議(通称シャングリラ会議)」で、「国家安全保障戦略」の理念を踏まえた「安倍ドクトリン」を打ち出し、海における「法の支配」の徹底を求めつつ、ASEANの海洋安全保障体制を日米で支援する姿勢を宣明し、中国の覇権的な海洋侵出を牽制した。小生も同会議に参加したが、南シナ海領有の主張に2000年前の歴史を持ち出すなど、独善的かつ支離滅裂な強弁に終始する中国側代表(国防大臣は招待を断り、副総参謀長(中将)が代理出席)の姿勢もあって、中国に対する厳しい批判が集中的に浴びせられ、従来に例の無い異様な雰囲気となった。

「核心的利益」に苦しむ中国
 それにしても習政権の最近の強権的な動きは常軌を逸している。習政権下の中国は、深刻な内憂外患を抱えている。江沢民氏など党長老との確執、政権内部での抗争や主導権争い、中国経済の退潮や公害問題の拡大、地域・職域格差や民族問題などの内政課題の山積、周辺国との海洋の利権や領域を巡る紛争激化などが噴出し、政治的に有効な対策が手詰まりとなる中で、また新たな火種を自ら背負い込んだことになる。
 そこで外交面の点を稼ぐためか、CICA(アジア信頼醸成措置会議)を上海で主催し、「新しい地域安全保障協力構造」の構築を提唱した。この際、中露首脳会談では懸案のエネルギー協定に署名し、戦略的協力関係の更なる強化で合意しつつ、東シナ海で中露合同軍事演習を実施するなど、ロシアとの蜜月ぶりも見せつけた。米国を排除した形でのアジア安全保障の新たな枠組みとして、イランを加えた「新枢軸」の出現をアピールしたかったのだろうが、国際社会からは、俄か仕立ての体面づくりと見なされ、実現性は疑わしいと見透かされている。シャングリラ会議でも、中国を除けば、好意的な意見は聞かれなかった。何故なら、習政権は国家運営上のあらゆる問題に優先されるべき絶対的な国益と位置づけている「核心的利益」を巡る問題の解決にすら、全く有効な手を打てていないからだ。
 中国のいわゆる「核心的利益」は、従来「台湾」、「新疆ウイグル」、「チベット」といういわば国内問題(中国は「両岸問題(中台問題)」は、国内問題であると言い続けている)であったが、新たに国外問題として、2009年3月のインペッカブル妨害問題を契機として「南シナ海」が加わり、2013年4月以降は、尖閣問題に関連して「東シナ海」が加わった。中国は「核心的利益」について、「中国政府にとって利益保持のためには交渉の余地がなく武力行使も辞さない」との立場であると説明している。南シナ海も東シナ海も、「何よりも優先して守るべき国家的利益」であると対外的に公言しているのだ。しかし、他国と事を構えるごとに「核心的利益」が増え続けるのは如何か。一つも解決点を見出せないまま、「何があっても全力で守らねばならない対外的係争点」という重い政治課題に、新たなページを加えただけなのである。果たしてきちんと対応できるのか、他人事ながら心配になる。
 一方の国内問題である「核心的利益」についてはどうか。「新疆ウイグル」問題では、何とか強権的に抑え込もうとするが、テロ活動は激しさを増すばかりで、止まることを知らない。テロは更に過激、無差別となり、国内外に広がる恐れさえある。一方の「チベット」問題も、解決の道筋は全く見えてこない。
 「台湾」問題では、台湾国民党の馬政権を篭絡して、中国宥和政策を推進し続けさせてきた。馬政権は民意を無視し、2014年3月、中台間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」を強権的に批准しようとした。これに危機感を抱いた学生活動家の「ひまわり運動」によって国会(立法院)が占拠され、批准は阻止された。台湾国民の大多数は、この運動を支持することにより、中国の進める統一政策に明確に反対する意思を表明し、馬政権と中国の目論見は挫折した。

台湾への期待
 その台湾に頼みたいことがある。台湾は、中国の言う(元々1947年に当時の中華民国が主張した)南シナ海の11段線(現在は9段線とも10段線ともいう)の由来を、証拠を示して国際社会に明らかにし、南シナ海問題の抜本的解決に貢献してほしいということだ。南シナ海問題の根本的解決のためとして、米国の研究者がこのことを提案している。台湾は、当時の領有権主張の根拠を国際社会に明確にすることにより、国連海洋法条約など国際法に則した現時点での台湾の領有権主張を正当にアピールすることができる。ASEAN諸国は、既に領有権紛争を法に則して解決することに合意している。中国は、従来曖昧にしてきた南シナ海領有権等の主張や国内法体系について、2000年前の怪しげな古文書などに正当性を求めるのではなく、近代の歴史や国際法に則して詳しく説明する責任が出てくる。
 台湾は厳然たる独立国家として、国際社会への正式な参入が許されるべきだが、中国の強烈な反対があり、国際社会からも余所余所しくされている。台湾が勇気を奮ってこの挙に出れば、国際社会は、台湾を良識ある独立国家として正式に受け入れるであろう。
 JFSSでは、過去2回にわたって日米共催の海洋安全保障シンポジウムを行い、南シナ海を始めとする周辺海域への中国の強引な侵出に対抗するため、日米が台湾を含む周辺諸国との安保・防衛協力を進めるべきであるとの政策提言を行ってきた。今こそ本問題への抜本的な解決のため、台湾の決意が必要となっている。日米など国際社会は歓迎する。

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