マレーシア航空機墜落は親露派武装勢力による撃墜か
―情報戦の様相を呈している出された情報をどう読むべきか―
政策提言委員・軍事アナリスト  西村 金一

nishimura マレーシア航空機ボーイング777が7月17日、ウクライナ東部のドネツク付近で撃墜されたようだ。撃墜されたのか、空中でバラバラに分解したものが落下してきた。ウクライナは「親露武装勢力が撃墜した。証拠もある。」と主張し、ロシアは「親露武装勢力の撃墜、及びロシア製対空ミサイルの使用」を認めていない。
 そこで、筆者(防空監視レーダーの教育を受けことがあり、軍事情報分析官であった)は、軍事専門家の目で分析し、@誰が撃墜したのか、A報道される情報の真偽はどうか(情報をどのように読むべきか)、Bなぜ偽情報が出回るのか、について述べる。
1.誰が撃墜したのか
 確実な証拠はないが、親露武装勢力がマレーシア航空機を撃墜した可能性が極めて高い。その理由は、以下のとおりであると考えられる。
 (1) ウクライナには撃墜する理由がない。誤って撃墜する可能性もない。なぜか。ウクライナ側は、親ロシア武装勢力から航空攻撃を受けていないことから、対空ミサイルを発射する必要がないからだ。また、ウクライナ側は、監視レーダーによる飛行方向や飛行高度などの解析から、マレーシア航空機が民間航空機の飛行であることを確実に掌握できる。そのため、ウクライナが誤射することや要撃戦闘機でミサイル攻撃することはありえない。
 (2) 親露武装勢力には、ウクライナの軍用機と誤って撃墜する可能性が極めて大きかった。親露武装勢力にとってウクライナ空軍戦闘機の攻撃が大きな脅威になっていた。飛行物体(マレーシア航空機)が親ロシア武装勢力占領地域に向かっていたこと、複数の飛行物体がレーダーに映っていた場合、軍用機ではなく、その近くの目標を誤って狙った可能性があった。親露武装勢力が、ロシアの正規軍から短期間の教育を受けたのであれば、その可能性は更に高い。
 とはいえ、情報分析官の経験と対空レーダー教育を受けた筆者の情報の見方として、米国及びウクライナが、親露武装勢力及びロシアの行動を裏付ける情報を入手することは、極めて難しいと言える。入手したとしても、情報収集能力を暴露しないで情報を公開することには、かなりのリスクがある。

2.報道される情報の真偽はどうか(情報をどのように読むべきか)
 報道を見ると、すでに撃墜されたという前提での報道が多い。だが、本当にそうなのか。疑問を持って、情報を見直す必要がある。報道される情報の真偽について、正しい情報なのか偽情報と思われる情報なのかを振り分けて、まず偽情報とみられる情報を列挙して、その情報をどのように読むべきかについて述べる。
 (1) 地対空ミサイルで射撃したのであれば、ミサイルから白煙がでる。その白煙が映っている映像がない。白煙はすぐには消えないので、地上の人がその白煙を見ているはずだ。見た情報がないということは、対空ミサイルが発射されていない可能性も否定できない。
 (2) 新露派武装勢力が、地対空ミサイルを略奪して、それによって射撃したという話もある。だが、地対空ミサイルの射撃は、専門家がいる1個中隊規模の部隊がなければできるものではない。また、盗んだ者がすぐにそれを運用して射撃し、航空機を撃墜できるものでもない。専門家の教育があれば、数か月間の教育で使用できるようにはなる。以上のことから、地対空ミサイルの教育を受けた経験がある筆者としては、ロシア正規軍の防空部隊がウクライナに密かに移動して、そこで対空ミサイルを射撃したか、あるいは、ロシア正規軍から親露武装勢力に武器が供与され、そして数ヶ月間教育を受けた武装勢力による射撃のどちらかであろうと考える。
 (3) 地対空ミサイルの航跡は地上にある捜索レーダーに映る。その映像を見れば、どこから撃たれたものかわかる。その正確な情報が発表されないことに疑問がある。
 (4) ウクライナの諜報機関が傍受したとする情報「撃墜に係わった親露武装勢力とロシア軍将校の交信内容(2014年7月17日)」について疑問が生じる。電話を傍受しているのに、通話している人の所属や階級(姿や服装)までも明らかにされ掲載されている。交信は確認できても、誰が通話しているのかもわからないのに、人を特定しかつ階級までもが一緒に出てくることはありえない。明らかに後日、作成された情報といえるであろう。
 (5) ロシア国防省幹部は、「ウクライナ空軍のSu-25戦闘機がマレーシア航空機に接近していた」と述べている。ウクライナ空軍戦闘機が誤ってマレーシア航空機を撃墜したかのような情報である。Su-25は対地攻撃機である。その対地攻撃機が欧州〜ウクライナに飛行する航空機に向かって急接近して対空ミサイルを発射するだろうか。Su-25は、その航空機の目的と性能から、地上に展開する親露武装勢力に対して攻撃するが、航空機を撃墜する行動をとるとは考えられない。要撃(空対空の戦闘)をするのであれば、要撃機であるMiG-29又はSu-27が使われるはずだ。
 (6) 対空ミサイルを発射したのが親露武装勢力であり、その勢力が兵器の使用に熟達していないために、誤射したと言う専門家もいる。対空ミサイルは、素人集団では使えるものではない。長期間教育・訓練を受けた兵士でなければ使用できない。よって素人集団が使用していないから誤射もありえない。これらの理由から、親露武装勢力が射撃したものでないことは明白である。ロシア軍防空ミサイル部隊がウクライナに移動して射撃したものと考えられる。では、なぜ誤射したのか。それは、レーダーに映った目標が複数あって、それも接近していたために、撃墜すべき目標設定を誤った可能性がある。
 (7) 偵察衛星によって24時間、ミサイル部隊の情報を収集していたと述べる軍事専門家がいる。偵察衛星によって、同じ地点を継続して監視することは不可能である。なぜなら、偵察衛星は、通信衛星などの地球から3万キロ離れた静止軌道に位置して観測しているものとは異なり、地球の上空約300キロに位置して、常に地球の周りを回転(移動)しているからだ。同じ地点に戻ってくるには、1日から数日かかる。かつて、フセインやオサマ・ビン・ラディンを偵察衛星で24時間監視していたとする情報があったが、そのようなことは不可能であり、偽情報である。
 なぜそのような情報が流されるのか、それは、通信情報やスパイから取った情報を、情報源を明らかにして流すと、スパイの生命が危険にさらされるか、通信情報であれば情報が漏れたところが判明され、その後、情報が取得できなくなるからだ。
 (8) 防空ミサイル部隊の専門家でも、1万メートル上空を飛行する旅客機、軍の輸送機、戦闘機の区別がつかないと発言する軍事専門家がいる。目視であればそうかもしれない。防空レーダーでは、飛行物体のレーダー反射面積によって監視画面に映る大きさが異なることから、旅客機、輸送機、戦闘機の区別ができる。また、飛行航跡によっても、旅客機なのか軍用機なのか区別はできる。さらに航空機と監視レーダーには、敵味方識別装置がついているので、さらに判別ができる。

3.なぜ偽情報が出回るのか
 (1) 米国及びウクライナであっても、マレーシア航空機撃墜の証拠となる情報を取得することが難しいからである。
 (2) 証拠の情報がないが、情報戦を有利に展開するために、あえて、それらしい情報を作成して発表している可能性がある。つまり、ロシア、ウクライナが自国に有利になるように情報戦を仕掛けているからだ。
 (3) 軍事情報特に対空ミサイルに連携する監視レーダーの能力及び偵察衛星の動きを知らずに発言する人がいる。そして、偽情報に騙されているのに気付かないでいる。

おわりに
 これからブラックボックスの解明が行われるであろう。一瞬にしてパイロットの会話が消滅していれば撃墜の可能性が高い。何らかのトラブルが生じたのであれば、その原因が明らかになると思われる。1983年旧ソ連邦防空軍機による大韓航空機撃墜の時も、旧ソ連は撃墜した戦闘機と基地間の交信が公表されて、嘘をつき続けることができなくなって初めて、旧ソ連空軍機が撃墜したことを認めた。
 ウクライナは、親露武装勢力が撃墜したと確信する情報、特に監視レーダーの映像があれば、きちんと説明をして、墜落の真実を明らかにすべきだ。情報を公表するにあたっては、そのことによる犠牲も大きい。しかし、ウクライナにとっては、公表の犠牲よりも、国内から親武装勢力を追い出し、国を安全に統一することがより重要ではないだろうか。
 当然のことではあるが、ロシア軍防空部隊あるいは親露武装勢力は、事実とその理由を早急に公表すべきである。


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