脱近代(ポストモダン)先進国の油断
―ロシアのクリミア併合、「イスラム国」の蛮行、中国の海洋進出の顕在化はなぜ起ったのか?―

常務理事  樋口譲次

冷戦終結とリベラルな理想主義型の世界観
 ロシアによるクリミアの併合・ウクライナへの介入、中東における「イスラム国」の暴力と破壊の蛮行、中国の海洋進出による地域覇権の野望の顕在化など、危機がグローバルな広がりを見せ、国際社会は激動の時代に入ってきたようだ。勢い、飛び込んでくるさまざまな事象・事件に振り回されがちになるが、このような時にこそ一歩退いて、歴史的あるいは長期的な視点で世界の動向を見極めることが重要であろう。
 冷戦が終わり、アメリカの意識を代弁するかのように、フランシス・フクヤマ氏の『歴史の終わり』(渡部昇一訳、三笠書房、1992年)が発表された。社会主義陣営が瓦解し自由・民主主義陣営が戦いの最終勝利者となったいま、もはや本質的に「対立や紛争を基調とする歴史」は終わったという主張であった。
 それと符合するように、欧州でも、イギリス外交官であるロバート・クーパー氏の『国家の崩壊』(北沢格訳、日本経済新聞社、2008年)に代表される脱近代(ポストモダン)の思想が現れた。マーストリヒト条約の調印による欧州統合(EU)の進展とグローバル化の動きがこれを後押し、日本を含めた欧米先進国において持てはやされた。
 脱近代の思想とは、概ね、@国家対立、民族紛争などを、またそもそも国民国家とか国家主権という概念を近代(モダン)世界のものとみなし、Aグローバル化が進み、近代を乗りこえた今日の脱近代の時代においては、国家とか主権という観念そのものが過去のものとなり、Bリアリストが唱えた国家や軍を中心とした伝統的な安全保障システムも過去のものになった。これからの国際関係は、道徳が重要で、国際問題は話し合いや国際法に従って解決でき、国際司法裁判所などの国際機関が画期的な意味をもつ、というものである。
 顧みれば、これに類する思想や考えは、過去幾度となく現われ、国際政治の現実の前に打ち消された。第1次世界大戦後、平和回復の歓喜とともに、国際連盟が創設され、国際協調が高々と謳われた。しかし、わずか20年後には第2次世界大戦が勃発した。終戦とともに、ベルサイユ体制の反省を踏まえて、国際の平和及び安全の維持を目的とした国際連合が創設された。間もなくして、東西冷戦が激化したが、国連は冷戦の解決には無力で、国家に代わってその役割を果たすことはできなかった。
 冷戦終結から20数年が経ち、冒頭に述べた今日の国際安全保障情勢は、国家主権を基本とした伝統的な国家観をもって力による対立や紛争が生起している現実をありのままに描写している。これらは、いわゆる「近代」の事象をあまねく示すものであり、『歴史の終焉』や『国家の崩壊』を完全に否定する動きとしか捉えようがない。日本を含む欧米先進国が、近代を脱して新たな「脱近代」の時代に入ったという主張を頭から否定するつもりはない。しかし、近代圏に止まっている中国、ロシア、韓国、ASEANなど、また混沌(カオス/プレ・モダン)圏の中東やアフリカなどの存在を度外視したリベラルな理想主義型の世界観は、人類が繰り返してきた歴史の検証に耐え得るものではないだろう。

『文明の生態史観』からの警告
 元京都大学教授で、日本の代表的な民族学者・比較文明学者であり、文化人類学のパイオニアである梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』(中央公論社、1967年)は、古典的名著として今日においても多方面に大きな影響を与えている。
 同氏は、従来の東洋と西洋という見方に対し、文明の生態史観の立場から新しい比較文明論の世界モデルを提示した。旧世界を横長の長円にたとえ、その東の端と西の端を「第一地域」とし、あとのすべての部分を「第二地域」に区分した。すなわち、日本と西ヨーロッパを「第一地域」に挙げ、それ以外の中国文明圏(T)、インド文明圏(U)、ロシア文明圏(V)、地中海・イスラム文明圏(W)などを「第二地域」とよんだ。(下図参照) なお、梅棹氏は、自著で「イスラーム」と表記しているが、論旨の展開上、「イスラム」に表現を統一した。



 「第一地域」は、乾燥地帯の砂漠から生じた遊牧民による<暴力と破壊>から逃れ、比較的安定した社会秩序の中で、政治体制として封建制を持ったことによって、ブルジョワジーが形成され、それによる政権運営と資本主義が結実した地域で、高度の文明国になった。日本と西ヨーロッパのたどった歴史の型は、非常によく似ており、両者の歴史のなかにはたくさんの平行現象を認めることができる。そして、日本は、地理的には「極東」に位置しているが、生態史観的には「極西」である、と見ている。
 他方、「第二地域」は、乾燥地帯の砂漠から生じた遊牧民による<破壊と征服の歴史>を繰り返し、いずれも安定的な封建制を持ったことがないという共通項がある。その結果として、専制君主(絶対王政)による支配が続いてブルジョワジーを生み出せず、そのため資本主義が育たず、成熟した文明圏として発展することが出来なかった。また、「第二地域」は、もともと巨大な帝国である中国世界、インド世界、ロシア世界、地中海・イスラム世界とその衛星国(植民地支配)という形式を持った点が特徴的である、と分析している。
 それぞれの民族が固有の風土に根差し、周辺からの摩擦や影響を受けながら長い年月をかけて育んだ文明は、そこに住む人間の生態のコアとなって安易な変容を拒むものであろう。今日においても、皇帝が専制支配をつづけた中国は、共産党一党独裁の強権支配の国家で、自由、民主主義、人権、法の支配に背を向けている。同じくツァーリ支配のロシアは、ソ連の崩壊後一旦は民主化に傾いたが、強権支配体制に後戻りしている。プーチン政権になってその傾向は顕著となり、国民もそれを甘んじて受け入れているといわれる。部族中心の地中海・イスラム世界は、国家の体をなさない国が多い。それもあって、本地域は「世界の火薬庫」として紛争の収まる気配はなく、テロリズムの世界への拡散基地と化している。原理主義の「イスラム国」は、<暴力と破壊>の限りを尽くしている。
 この中で、唯一の例外はインド世界である。インドは、1858年から1947年までの約1世紀に及ぶイギリスの植民地支配を受けたが、粘り強い反英・民族独立運動を展開し、世界最大の民主主義国家となって「第二地域」からの脱出に成功した。インド国民には、日本が民族独立運動を側面から支援した歴史の記憶も残されている。
 しかし、同地域のその他の世界は、冷戦終結から僅か20年余の今日、再び激動期の主役となって世界を揺るがしている。そして、『文明の生態史観』は、将来、これら「第二地域」の国家群が、「第一地域」の日本・欧米が望むような脱近代化へ向かうとの楽観的な見通しを立てることは甚だ疑問である、との警告を発しているのではないか。世界には、日本・欧米の先進国と、異質の文明、異質の国家体制が存在し、同じ物差しで測るのは危険極まりないという現実を強く暗示しているのではないか。この文脈からすると、わが国が警戒し続けなければならないのは、国境を接し、新ユーラシア主義によって東方への関心を強めているロシアと中華思想を背景に地域覇権の確立を急ぐ中国、この二つの大国の今後の動向であることは疑う余地がないのである。

先進国の油断がもたらした世界の混迷
 NATOは、ロシアのクリミア併合において、明らかにロシアに出し抜かれた。ロシアは、標識を付けない特殊部隊や民兵を送り込んで官庁などの要所を占拠した。そして、大規模な正規軍を国境付近に集結して圧力をかけながら、宣伝戦やサイバー攻撃、経済的脅迫などを組み合わせ、「民族自決」と称して住民投票を敢行し、一方的に独立宣言させた上で領土を併合した。これは、その後、「あいまい・ハイブリッド攻撃」、「影の攻撃」などと呼ばれるようになったが、一種の<グレーゾーンの戦い>である。これまで正規軍の侵略を主に想定してきたNATOは、軍事的にどこまで対応できるのか、戦術、戦略面での対応策はこれからの重要な課題であると分析したように、この新戦法によって予期せぬ不意打ちの<奇襲>を受けた。すなわち、ロシアがこのような行動を起こすことを想定せず、備えを怠ってきた事実を計らずも世界に晒す結果となったのである。
 ロシアのクリミア併合・ウクライナ介入は、核戦力や正規軍の圧力を背景として、国境を越えて見えない形で浸透する様々な力が戦争遂行の有効な手段として用いられるようになった、今後の防衛のあり方を左右する戦例である。わが国も、中国や北朝鮮が非対称戦としてかねてから追求している戦争形態であることを忘れるならば、取り返しのつかない国難を招くことになる。
 ロシアは、ロシア・グルジア戦争(2008年)での南オセチア・アブハジの「ロシア領化」やクリミア併合・ウクライナ介入(2015年〜)に見られるように、ロシア国境沿いに緩衝地帯を確保することに執心している。そして、旧ソ連地域を自国の「勢力圏」と考えるプーチン大統領は、「ユーラシア連合構想」の下、「民族自決」を旗印に親露勢力を糾合し、大国ロシアを中心に旧ソ連諸国を再結集して<強いロシア>の復権を図ると見られている。
 「イスラム国」の伸長の背景には、特に米国の責任が大きいと指摘されている。対テロ戦としてのイラク戦争において、同国の民主化による脅威の排除を目指したが不徹底に終わった。欧米型の民主化を求めたこと自体、失敗だったとの指摘もある。また、シリアのアサド政権が化学兵器を使用したことに対して、米国が実力行使を躊躇ったことが、情勢を一段と複雑かつ悪化させた要因になっており、中東地域の混沌のみならず、国際社会全体がテロの拡散にともなう不安定化の影響を受けている。
 「イスラム国」は、イラク戦争において政権を追いやられたスンニ派、バアス党政権の残党が組織の中心を構成して、従来の国境を跨いで戦っている。そして、東西はアゼルバイジャンからモロッコに至り、南北はイエメンからウクライナ、ハンガリー、チェコスロヴァキアに至る広大な領域に及んだオスマン帝国を、預言者ムハンマド以降のカリフ制国家として復活すると広言している。
 中国は、すでに1970年代からソ連との国境画定のための協議・交渉を続け、80年代に入り、海洋進出に向かって大きく動き出していた。米国は、中国の高度経済成長にともなう軍事力の強化を警戒しつつも、経済的受益展望を優先し、一貫して@中国の開放を促し、グローバルなシステムに統合することと、A中国が国際社会において責任ある大国としての役割を果たすよう働きかけることの2点に要約される対中政策を採り続けてきた。しかし、中国は、米国の意図に反し、過去の最大版図の失地回復を見据えつつ、国家目標として「中華民族の偉大な復興」を掲げている。その目標に奉仕するべく、「富強大国の建設」を推進し、すでに半世紀近くにわたり海洋覇権の野望に向かって東・南シナ海にける力による現状変更を試みている。さらに、その成果を西太平洋からインド洋の支配へと拡大するとともに、欧米主導の現行国際秩序を覆し、中華的国際秩序に置き換えて世界的影響力の拡大を目指している。
 このように、現在、われわれが遭遇している世界の混迷は、複雑な国際的要因の係わり合いによるものであるが、文明史的違いを背景に、冷戦終結後に日本を含む欧米先進国で持てはやされた脱近代(ポストモダン)の思想から決別できず、それを引きずってきたことが大きな要因であると指摘せざるを得ない。まさに、人類が幾度となく辛酸をなめた平和の到来に酔いしれた<油断>から発したものに他ならないのである。

現実主義への回帰
 中国の公表国防費は、名目上、過去10年間で約4倍、過去25年間で33倍以上の規模となっている。しかし、1989年度以来、毎年二桁の伸び率(2010年度を除く)を示している公表国防費は、実質的に軍事目的に支出している額の一部に過ぎないと見られている。米国は、中国の実質国防費を公表国防費の概ね1.5〜2倍程度と見積もっている。
 「冷戦の敗戦国」となったロシアでは、資本主義化による経済の再建が推進されたが、これが裏目に出てロシアの経済は悪化した。特にアジア通貨危機後の1998年にはロシア財政危機が起きて一層悪化するなど、一時期、欧米の経済援助に甘んじた。しかし、2003年頃より原油価格高騰の恩恵により経済は好転し、それを背景として、国家統制型経済に戻りつつ急激な軍事力増強を図っている。
 最近10年間における欧米先進国と中国、ロシアの防衛費(国防費)の変化(下図参照)をみると、各国の取り組みには大きな差があり、その傾向は歴然としている。


資料源:平成26年版「日本の防衛」

 特にわが国では、冷戦後、欧米先進国と同じように「平和の配当」が声高に叫ばれ、中国(そして近年のロシア)の軍拡に逆行するように、一方的に軍縮を行ってきた。脱近代の到来を真に受けたのか、あるいは政府と財務省が防衛費削減のために、それを隠れ蓑として利用したのかもしれない。
 リベラルな理想主義型の世界観が、国際社会の現実を前にしては無力であることは、歴史の教訓としてすでに述べたところであり、むしろ、平和を破壊する危険性さえ内包している。平和は、国際社会を本質的に <力の関係> とみる現実主義を基礎として、地道な努力の積み重ねによって構築・維持されるものであり、その考えへの徹底した回帰がわが国そして欧米先進国に求められる。
 わが国は、中国の脅威の顕在化によって、戦後最大の危機に直面している。それを抑止するためには、<自分の国は自分の力で守る> 自助自立を基本とした防衛力・防衛体制の整備を急ぐとともに、その足らざる所は日米同盟の深化によって補完し、また、オーストラリアやインドおよび <自国のみでは平和と安全を守ることができない> 共通の困難に遭遇している台湾やASEAN諸国との戦略的協力・連携を強化しなければならない。そして、その力を行使する用意があることに加え、中国に対してわれわれの決意を悟らせることが必要である。それがどのような時代に在っても現実主義的対応として重要なことは、論を俟たない。
 統一した統治機構としての世界政府が存在せず、本質的にアナーキーな国際社会ではあくまでも <力の関係> が中心であり、国家の生存と安全は自助努力を基本として確保しなければならない。それが否定できない現実であり、楽観的にリベラルな理想主義型の世界観に寄り添った安全保障・防衛政策は、国家・国民を危機の淵に立たせることになる。 <油断大敵>、<備えあれば憂いなし> は古くて新しい言葉なのである。
2015年3月16日付『JAPAN BUSINESS Press』より転載
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43160


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