政府の安全保障法制が国会で議論されている。
その中の1つに、テロ組織などに拘束された邦人を救出する任務が新たに与えられることが含まれている。アルジェリアで起きた日本人拘束事件などの教訓から出たものだろう。
異国の地で種々の仕事に従事する邦人がテロ集団に拘束され違法な要求を突きつけられる事態が起きたら、その安全を守り救出するというのは国家として至極当然の行為である。
今回の法律では、その際に救出に向う自衛隊に与えられる権限は職務遂行のための「武器使用権」となっている。
この「武器使用」という権限は、本来は警察官職務執行法に基づいて警察官に与えられている権限であり、正当防衛・緊急避難以外では相手を傷つけてはいけないという制約がある。
現場を無視した武器使用権
これは、組織的な行動を常態とする自衛隊には馴染まないものだが、「指揮官が命じる組織的な戦闘行動」は憲法に禁止する「武力攻撃」になりかねないとの意見もあり、国内での「治安行動」や海外における「PKO活動」に従事する自衛官に対し、武力攻撃にならない程度に自己防護できる権限として警職法を準用して与えられたものである。
しかしながら、この権限の行使については現場では問題になることが多かった。
さて、この規定に従って現実の場面を想定してみると、難しい対応が明らかになる。
テロ組織などが邦人を拘束するのは、身代金の要求やその他テロ組織の要求を認めさせるためであり、「直ちに解放せよ」と要求しても素直に応じるとは考えられない。当然ながら拘束を解き邦人を救出するには力を行使せざるを得ないだろう。
具体的な事態はいろいろと想像できるが、前述のような隊員個人に与えられた武器使用の権限だけで対応できないと考えるのは当然ではないか。
これまで諸外国が実施してきた例を参考にしても、救出を命じられた部隊は、特殊戦闘訓練を重ねた特殊部隊が組織的な行動を駆使して初めて達成できるような難しい任務である。
一歩間違えば、拘束された人質が殺害される危険もあり、あるいは救出に向った部隊が返り討ちにあって撃破される危険もある。
このような危険を伴う任務を「正当防衛・緊急避難以外では相手を傷つけてはいけないという武器使用権」で実行しろと言うのは酷ではないか。
国会論戦でも隊員のリスクが問題になっているが、このようなリスクこそ問題にすべきだろう。
自衛官を悩ます2つの判断
邦人救出の任務を与えるのなら、それを可能にする権限を与えてやらなければならないし、野党が求めているように、武力行使を伴う権限を付与することは憲法違反であり反対だという姿勢なら、邦人の救出はあきらめろと主張すべきだろう。
現在の状態を放置すると、現場では2つの判断に迷うことになる。
(1)「個人の武器使用ならそれでできる範囲の行動をしよう。それによって邦人救出ができなくても仕方がないではないか」との考えであり、「与えられた権限の中で行動すべきだ」との判断である。
(2)「与えられた任務は邦人救出なのだから、何としてでもそれを達成すべきだ」という考え方であり、「与えられた武器使用の権限の範囲を超えるが、救出のためにはやむを得ない。組織的な戦闘行動になっても、腹を決めてやるべきだ」との決断である。
(1)は任務が達成できなかったと批判されるが、法的には咎めれることはない。(2)は邦人を救出できたとして評価されるが、指揮官は法的には犯罪者であり危険人物として処分されるだろう。
現場の指揮官はこの2つの間で苦悩することは必定である。
国会で目下議論している安全保障法制の問題点はここにある。
この問題に限って見れば、テロ組織に拘束された邦人を無事に解放すべきなのか、しなくてよいのかを、まずはっきりすべきだろう。
主権国家として力を行使してでもして救出するべきだとするなら、そのために必要な措置を考えるべきである。少なくともそれに見合う特殊部隊を派遣して、行動に見合う権限を付与すべきである。
そこまでして救出しなくてよいとするなら、(国会でもそのような主張をする政党もあるが)、今までどおり、外交的に解決するとか、他国任せにするとか、あるいはお金で解決するとかの方法を選ぶことになるだろう。
旗幟鮮明にした国会論戦を
邦人を救出するというこのような場合でも、自衛隊に戦闘行為をさせることは憲法違反であり、それによって武力行使が際限なく広がると危惧する人は、要するに「憲法の規定を守ることが重要であり、それを逸脱してまで救出しなくてよい」と考えている人なのだろう。
国会の論戦では旗色鮮明に立場をはっきりして、実体感覚で進めてもらいたい。 私は、外国に所在する邦人を保護するのは国家の任務だと思うし、それを実現するためにほかに方法がないのであれば特殊部隊を派遣して救出する措置をとるべきだと思う。
それが組織的な戦闘行動になっても、それは憲法9条に違反するものではないと思っている。
実体感覚からすれば、テロ組織が意図的に拘束した邦人を、武器使用の権限で救出することなどできない相談である。
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