米海軍トップが新たな戦略構想を発表
「情報」をさらに重視し、ロシアと中国を警戒

海上幕僚監部防衛部・米海軍大学客員教授  下平拓哉

 2016年1月5日、米海軍作戦部長ジョン・リチャードソン(John M. Richardson)大将は、「海上優勢を維持するための構想(A Design for Maintaining Maritime Superiority)」を発表した。2015年9月18日に就任して以来、初の戦略ガイダンスの発表である。本戦略構想においては、主として戦略環境、判断基準、4つの努力について書かれているが、ここではその概要と若干のコメントを述べる。

【戦略環境】
 戦略環境に大きな変化を与えている要因として、第1に海洋システムと情報システム、そしてテクノロジーの進展とそれらの相互作用、そして第2にロシア及び中国の急速に発展する軍事能力を掲げている。
 具体的には、グローバル経済の拡大に伴う海上交通の増大、新たなテクノロジーの進展に伴う北極海航路の開発や水中資源開発、その他移民の増大や禁制品の輸送等、伝統的な海洋システムはこれまで以上に重要度が増すとともに、争われるようになってきている。また、情報システムの進展により人々の繋がりが拡大し、変化のスピードは急速である。そして、テクノロジーの進展は、情報システムに留まらず、ロボットやエネルギー貯蔵、人工知能等にまで加速度的な広がりを見せており、この3つ相互作用がより大きな影響を及ぼしている。
 米国は、25年ぶりに大国間競争に直面している。ロシアと中国は、急速に軍事的能力を発展させ、米国の弱点をついた高性能な戦闘能力を追求しており、それとともに強制的で、競争的にもなっている。なかでも、中国海軍は、世界中に展開しようとしている。さらに、このロシアと中国の台頭に加えて、北朝鮮やイラン、国際テロを例に挙げて、特に高度なテクノロジーを取得することにより、上記の3つ要因を利用しようとしている。

【判断基準】
 米海軍がおかれた戦略環境は、これまでにない非常に「複合的な(Complex)挑戦」を受けている。したがって、指揮官の意図を体した分散型の作戦について準備しなければならず、そこでは明確な理解に基づいた信用と信頼が求めらている。したがって、米海軍がプロフェッショナルとして決定を下し、行動に移す際の判断する基準として、次の4つを掲げる。
 @誠実
  集団、個人、及び公然、非公然を問わず、プロとしての行動をとること。
 A説明責任
  問題を明らかにして任務を完遂し、それを正直に評価して、必要に応じて調整すること。
 B主導
  最善を尽くせ。進んで問題解決の姿勢をとり、広く意見を聞いて新たな考えを創出すること。
 C忍耐
  厳しい訓練とファイティング・スピリットを維持すること。決してあきらめるな。

【4つの努力】
 本構想を実行に移すためには、戦闘、知的能力の加速、海軍チームの強化、パートナーシップの構築の4つの努力に集中すべきで、それぞれは緊密に関係し合っている。
 @戦闘
  海上における、そして海上からの海軍力を強化する。特に、戦略原子力潜水艦の維持・現代化、海兵隊との連携強化、
  電磁気戦・情報戦・宇宙サイバー戦を進展させる。
 A知的能力の加速
  最高のコンセプト、科学技術、手法を適用するために、個人、チーム、組織としての知的能力能力を加速させるとともに、
  戦闘能力の効率化のため海軍の知的組織を最適化する。
 B海軍チームの強化
  現役、退役軍人、シビリアン、家族からなる海軍チームを強化して将来に備える。Sailor 2025を推進する。
 Cパートナーシップの構築
  他の軍種や省庁、同盟国、パートナー国のみならず、産業界や学術界、非伝統的なパートナーとの協力関係を強化する。

 本戦略構想の最大の特徴は、「構想(Design)」という言葉を使っていることである。小生が教鞭を執っている米海軍大学の「統合軍事作戦(Joint Military Operations: JMO)においても、様々なケース・スタディを考える際に同様の「構想手法(Design Methodology)」を適用している。それは、従来の作戦計画策定要領等によって解くことには限界がある、構造が不明確(ill-structured)な「複合的な問題(Complex)」を解決する糸口を探すために使用される。
 「構想手法」では、@現在の作戦環境を理解し A問題点を明確化して B将来のための解決策を案出するというステップを踏む。そこで最も重要視されていることが、作戦環境の理解である。わずか8頁の本戦略構想のなかで「情報(information)」と言う言葉が17回も使われていることからも、作戦環境を正確に捉えるための情報の重要性が分かる。

 リチャードソン大将は、就任のわずか3週間後に米海軍大学を訪れ、米海軍大学の重要性と役割について講演している。「世界の変化は激しいが、長い歴史を有する米海軍大学は、それにシームレスに対応し続けてきた。それは、様々なやり方で将来の安全保障環境を定義し、どのような将来かを描くことである。」
 より変化が激しく難解な将来の複合的な安全保障問題を解くためには、将来を描く「構想手法」が不可欠であり、そのためには知的能力を集中し、最大限に加速することが必要なのである。そして現下の安全保障環境は、従前の受動的な姿勢では対応の時期を逸し大きく国益を損なう危険性を孕んでいるほど、厳しく急激であることを再認識しなければならない。

(本見解は執筆者個人のものであり、防衛省または海上自衛隊の見解を表すものではありません。)

平成28年1月20日付『JBpress』より転載


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