平成27年12月15日

安倍・モディ首脳会談の成果を祝福する


一般社団法人日本戦略研究フォーラム会長  平林 博

 12月11日から13日まで、安倍晋三首相がインドを訪問し、モディ首相との首脳会談の結果、「日印ヴィジョン2025 特別戦略的グローバル・パートナーシップ;インド太平洋地域と世界の平和と繁栄のための協働」と題した共同声明を発出した。
 経済、安全保障、科学技術、青年交流など広範にわたる分野で協力の進展があった。安倍首相とモディ首相の信頼関係が抜群に高いことが影響している。
 特に、@長年の重大懸案であった民生用原子力協力に実質合意したこと Aインド最大の経済都市ムンバイとモディ首相の地元であり経済発展目覚ましいアーメダバード(グジャラート州都)間の高速鉄道建設について日本の新幹線方式を採用することに決定したこと B米印間で恒常化していたインド洋における米印海軍の共同演習(マラバール訓練)への日本の定期的参加の決定、及び日印豪三国間の定期的対話の確立に合意したことは、日印の友好と地域の平和と安全にとって象徴的に重要なことである。
 上記の共同声明は、大きく分けて3部からなる。

1.「深淵かつ広範な行動志向のパートナーシップのためのヴィジョン」の中で注目される点は、次のとおり。
(1)インド太平洋地域及びさらなる広範な地域において、主権及び領土保全の原則、紛争の平和的解決、民主主義・人権・法の支配、開かれた国際貿易体制、航行及び上空飛行の自由の順守を強調し、日印が安全保障と発展のために協力することを約束した。
(評価)
 この背景には、国内では民主主義の否定、対外的には東アジアや南アジアにおいて武力を背景として覇権主義的言動を継続する中国への警戒心がある
 インド人民党主体の政権(国民民主同盟、NDA)を主導するモディ首相は、マンモハン・シン首相の率いた前国民会議派主導の政権(統一進歩同盟、UPA)が伝統的な全方位的外交に傾きがちだったのに比べ、より親米、より親日であり、より対中警戒心が強い。安倍首相とモディ首相は肌合い(chemistry)や安全保障観が合う。
 モディ首相は、内政外交とも首相府主導の統治スタイルで強いリーダーシップをとっているが、外交についても、前政権の筆頭外務次官シン女史を早速更迭し、信頼するジャイシャンカール前駐米大使を次官とした。ジャイシャンカール次官は、在日大使館勤務の経験があり、夫人が日本人である親日家である。あたかも、首脳外交を展開する安倍首相が、信頼する谷内正太郎国家安全保障局長と斎木昭隆外務事務次官(前駐印大使)を使って、広く安全保障外交、狭くは対印外交を積極化させていることに符合する。

(2)日印両国は、より深い戦略的関係を強化するために、防衛装備品・技術の移転に関する覚書、及び秘密軍事情報の保護のための秘密保持に関する協定を締結した。その中には共同生産や共同開発も含まれる。
(評価)
 その意義は、インドが輸入を渇望する、新明和工業製造のUS-2飛行艇の対印輸出など、相当の分野での防衛装備・技術協力の道筋が出来たことである。

(3)災害対応の能力促進を含めた海洋問題に対処する能力強化のために、これまでの日印二国間の協力に加え、米印マラバール訓練への日本の定期的参加、日豪印三か国対話の開始に合意した。
(評価)
 これまでは、前者については、印米は不定期的に日本を招請するだけであったし、後者については、インドはそもそも日印二国間協力に豪州を含めることに消極的であったから、ここでもインド外交は変わったのである。

(4)日印民生用原子力協定に原則合意が達成された。国内手続きに必要な技術的詳細(文章確定のための詳細の詰めや我が国の法制局との協議など)が完成したら正式に署名する。
(評価)
 合意の障害になっていた二つの懸案事項、すなわち、@インドが核実験を再開したら日本はどうするか A原発事故の際に運用者(通常は電力会社)のみならず機材設備の納入者にも賠償させるというインドの国内法をどう乗り越えるか、につき解決を見たのである(詳細は省く)。
 これは、安倍政権が我が国の一部にある対印原子力協力に対する反対論(特にNPT非加盟国のインドに対して消極的)を押しきったことを示している。この合意が正式に署名発効すれば、インドが渇望する我が国の優れた原子力装備資材や技術の供与への道が開けるのみならず、対印輸出のために原子炉容器など日本の製品・技術に依存する欧米諸国も、インドに対する原子力協力が可能になる。ちなみに、我が国の原子力平和利用技術は世界でもトップクラスであり、東芝は米国のウエスティングハウスの親会社であり、日立は米国のGEと、三菱重工はフランスのアレバ社とそれぞれ提携しているから、日米関係や日仏関係上も大きな意義がある。日印合意がなければ、インドは原発を自前で建設するか(技術的能力と経験はある)、さもなければ原発は国営企業であるのでロシアと中国の国営原発会社に頼らざるを得なかったであろう。
 時あたかも、気候変動に関するパリでのCOP21会議により、地球温暖化対策のための国際的合意(いわゆるポスト京都合意)が達成され、温暖化ガスの削減に貢献する原子力発電の必要性が再認識された。また温暖化ガス削減の有力な手段としての原子力発電の必要性が、日印両国の合意を後押ししたのである。
 こうして見ると、今回の日印合意とパリ合意は、日本の原発問題を正常化する上で大きな意味を持つのであり、順次条件の整った原発を稼働させつつある安倍政権にとっても日本のエネルギー事情にとっても、追い風を提供している意味合いがある。

2.「未来における投資」の中で注目すべき点は、次の通り。
(1)高速鉄道、駅の再開発、車両製造など鉄道セクターでの日本の対印協力に合意。特に、インド最大の経済都市ムンバイとモディ首相が州首相として経済発展に貢献したアーメダバードの500kmを結ぶ高速鉄道を日本の新幹線技術で建設することに合意
(評価)
 我が国はインドに対し長年に亘り鉄道面での技術協力を行い、また、上記高速鉄道案件に関してはJICAがフィージビリティー・スタディーを行ったが、その甲斐があったと言える。筆者が大使在任中に進捗させたデリー・メトロ都市交通網は、我が国の立派な都市交通技術や管理のモデルがODAを介してインドにもたらされた大成功例として、インド官民の高い評価を受け、ムンバイをはじめインド主要都市に拡大中であるが、このことも日本の新幹線採用決定に寄与したであろう。上記新幹線建設のために、日本政府は、極めて譲許的な条件で巨額の円借款を供与することを決定した。
 これにより、インドは、独仏などの欧州諸国や中国による参入意図を退けたのである。広大なインドにおいては、他の地域でも高速鉄道計画が進捗中なので、諸外国は巻き返しを図るだろうが、親日国インドが今回の合意を受けて他の路線においても日本からの協力の機会を増やすことを期待したい。
 最近、インドネシアが日本との信頼関係を損なう形で、ジャカルタ・バンドン間の高速鉄道を中国に発注したことがあったが、我が国は親日国インドにおいて、一矢報いたことになった。

(2)我が国は、モディ首相が掲げるMake in India, Digital India, Skill India, Clean India, Smart Cityなどのイニシャティブへの協力を表明するとともに、かねてより進捗させてきたデリー・ムンバイ貨物新線への協力、デリー・ムンバイ産業大動脈構想(DMIC)の加速、チェンナイ・ベンガルール(旧バンガロール)間の産業大動脈構想(CBIC)の本格的実施にも合意した。
 また、モディ首相がASEAN諸国との連結性のために重視する北東州における道路網改善などへのODA供与、チェンナイおよびアーメダバードにおける地下鉄事業などへの借款供与も決まった。
 さらに、民間投資の拡大のための対インド3.5兆円の官民協調融資の着実な進展、日本貿易保険及び国際協力銀行(JBIC)による最大1.5兆円の「日印メイク・イン・インディア特別ファシリティー」の創設などが合意された。IoTにおける協力促進のための「日印IoT投資イニシャティブ」設立も検討される。

(3)科学技術協力の分野では、共同研究機関の設立、若手科学者の交流、ICT分野での競争研究センターの設立、脳細胞分野での研究協力、技術者養成のための日本によるインド技術者支援、大学間の各種協力、10年間で1万人の若手人材の訪日、ビザ取得条件の緩和、災害対策協力、女性の社会進出の協力、ジェネリック薬分野での協力など、幅広い分野で具体的な協力が合意された。

3.「平和と安定のためのヴィジョン」については、次の諸点が合意された。
(1)領土保全の順守、海洋・宇宙及びサイバー分野での協力、紛争の平和的解決、航行及び上空飛行の自由、公海における合法的な商業活動、南シナ海での行動規範の早期締結への期待表明などが、共同声明で確認された。
(評価)
 ここでも中国を意識した日印合意が強調されたわけである。

(2)イスラム国(IS)やタリバンによるテロ行為を念頭に、テロとの戦いのための諸協力を確認した。
(評価)
 かねてよりインドはパキスタンから来るイスラム過激派の越境テロに悩まされてきた。米国での9・11テロ事件は、インドがテロとの戦いのパートナーであることを内外に示し米印関係を好転させたが、ISへの対処についても、安倍・モディ両首相は、インドが重要なパートナーであることを再認識させたのである。

(3)モディ首相による安倍総理の「積極的平和主義」「平和安全法制」への理解と支持も表明された。
(評価)
 この点は、安倍首相が訪問した外国での首脳会談や日本に招待した外国首脳との会談で、例外なく確認されており、日本国内での反対は国際的なシンパシーを得られていないのである。

(4)そのほか、地域における、あるいは国際場裏における日印協力を示すものとして、日印が国連安保理の常任理事国への共通認識と相互支持など安保理改革への協力確認インドのAPEC参加への日本の支持表明核不拡散や核軍縮への変わらぬ決意なども表明された。

 以上につき、事実関係について詳しくは、外務省ホームページを参照願いたい。

(了)
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