書評 佐瀬昌盛著『むしろ素人のほうがよい』
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所准教授
 丹羽 文生
 国民と自衛隊の橋渡し役に
いやはや本書の余りに大胆なタイトルには驚嘆した。著者の佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授と言えば、安全保障問題の碩学で知られている。集団的自衛権研究の第一人者でもある。そんな著者が、なぜ防衛のトップは「むしろ素人の方がよい」と言い放つのか。一読して納得した。
本書は坂田道太の歴代最長となる747日間(昭和49〜51年)にも及ぶ防衛庁長官としての大立ち回りを描いたノンフィクションである。文教族の坂田は、就任当初は防衛に関して全くの「素人」だった。だが、素人故に謙虚に自らの研鑽に励み、「防衛を考える会」を立ち上げて専門家の意見にも真摯に耳を傾け、「防衛計画の大綱」策定を始め、「玄人」にはできない数々の大功を成した。住友商事創業者・田路舜哉(とうじ・しゅんや)の名言「熱心な素人は玄人に優る」は坂田のためにあるような気さえする。
中でも注目すべき偉業は、著者も「話題になることは少ないが忘れてはならない坂田の功績」として挙げている「自衛隊、自衛官に絶えず心を配りつづけたこと」であろう。当時は、自衛隊を日陰者扱いする風潮があり、「自衛隊違憲論」が席巻する「不幸な時代」で、社会党にも勢いがあった。
そんな中、坂田は自衛隊を「異物」にしてはならないとして、彼らを「制服を着た市民」と呼び、「町で自衛官をみかけたら、気軽に話しかけてみてください」と書かれた新聞広告まで打った。国民と自衛隊の橋渡し役になろうとしたのである。さらに頻繁に全国の部隊や駐屯地に足を運んで、時に若い隊員と車座になって酒を酌み交わしながら語り合った。この人のためなら…。隊員の多くが、そう思ったに違いない。理想のリーダー像が、そこから浮かび上がってくる。
本書は読んでいて理屈抜きに面白い。熊本県八代市の坂田家に残された手書きのメモやノートといった厖大な一次資料を縦横に使って物語調に描写しているからであろう。坂田の息遣いまでがリアルに感じられる。実に読み応えのある作品である。(新潮選書・本体1,200円+税)

(平成26年4月13日付「産経新聞」より転載)


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