澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -1-
習近平が青ざめる令計劃の弟のアメリカ逃亡
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、中国共産党内では熾烈な権力闘争が行われている可能性が高い。
 周知の如く、「太子党」(「紅2代」=党・政府高官等の2代目)の習近平が党総書記・国家主席就任以来、“トラもハエも一緒に叩く”「反腐敗運動」を強力に推進している。だが、習近平は自らの出身母体「太子党」にはほとんど手をつけていない。したがって、この運動は明らかに習自身の政敵を倒すための権力闘争と言えよう。
 今の中国社会では、腐敗・汚職は蔓延し、社会構造の中に、汚職がビルトインされている。汚職がなければ社会全体が動かない仕組みとなっている。この点は、強調しても、し過ぎることはない。
 はじめ、習近平政権のターゲットは江沢民の「上海閥」へ向かっていた。かつて江沢民、周永康、薄熙来らが習近平の命を狙ったからだという。その結果、周永康・元政治局常務委員、徐才厚・元中央軍事委員会副主席(今年3月15日、膀胱癌で死亡)、郭伯雄・元中央軍事委員会副主席ら超大物が失脚した。その後も「上海閥」系の人間が次々と失脚している。
 ところが、最近、習近平は、「反腐敗運動」を胡錦濤の「共青団」(党のたたき上げエリート集団)にまで、そのターゲットを拡げているふしがある。
 その1番手は、胡錦濤の大番頭、令計劃・前党中央弁公庁主任である(ちなみに、令一族の本来の姓は“令狐”)。令の兄、令政策・元任山西省政協副主席はすでに失脚している。
 実は、2012年3月、令計劃の息子の令谷(令古)は、北京で女子大生(?)2人と共に黒いフェラーリに乗っていて、大事故を起こした(「黒いフェラーリ事件」)。令谷は死亡したが、2人の女子大生(?)は重症を負いながらも生き残っている(その後、1人は死亡したという)。
 父親の令計劃は、この事故を揉み消そうとした。令計劃の弟、令完成(偽名は王誠)の妻にしてCCTVのキャスター、李平は、かつて山西省の雁北芸術学校(現、大同大学芸術学院)で学んでいた。その頃、周永康の2番目の妻、賈暁Yの父親、賈丙文がそこで教えていた事がある。そのため、「共青団」の令一族は、「上海閥」の周永康と関係が深いという。令計劃は、息子のスキャンダルを周永康に、もみ消すよう依頼した可能性も捨てきれない。
 しかし、「上海閥」や「太子党」がこの事件を暴いた。そのため、さすがに胡錦濤も令計劃を守り切れず、令を党統一戦線部長へ転出させた。事実上の更迭である。
 昨年来、習近平政権は、海外へ大金を持って逃亡した汚職高官を「狐狩り」と称し、自首による帰国を勧めたり、現地で捕まえたりして、帰国させている。ひょっとして、「狐狩り」とは、令一族の本名にちなんで命名されたのかもしれない。
 令計劃の弟、令完成も、一時、逮捕されたと伝えられた。だが、実際は、アメリカへ逃亡しているという。この令完成こそ、習近平が最も恐れる人間だと言われる。なぜなら、彼は党最高幹部のスキャンダルの証拠(@党最高幹部のセックスビデオ、A同海外資産、B国家機密等)を握っていると噂されるからである。
 目下のところ、「反腐敗運動」の責任者、王岐山・党中央規律検査委員会書記(党政治局常務委員でナンバー6)の訪米が検討されている。そして、王岐山は令完成の引き渡しをオバマ政権に要求するという。
 だが、令完成の場合、王立軍・元重慶市副市長(2012年2月、成都の米領事館へ逃げ込む。翌3月、薄熙来がその責任を追及され、失脚)と状況がまったく違う。
 まず、王立軍は治外法権の米領事館内とはいえ、まだ中国国内にいた。報道が事実ならば、令完成はすでにアメリカに滞在している。そして、カリフォルニア州に豪邸を持つ。ということは、令完成が米国の永住権を所持している公算は大きい。
 米中間には、犯人引き渡し条約がないので、中国側が令完成の身柄引き渡しを米国に要求しても、オバマ政権が拒否することは十分考えられる。
 次に、地方(重慶市)の公安トップだった王立軍と党中央弁公庁(“党の中枢神経”とも称される)のトップである兄、令計劃の下で働いていた令完成では情報の質が異なるだろう。おそらくオバマ政権は、中国の最高機密を握る令完成を中国政府に渡さない方向に動くのではないだろうか。
 だとすれば、令完成は令一族にとっての“最後の希望”である。習政権が、令計劃や令政策に対し厳しい処分を下そうとした時、令完成は「セックスビデオ」等で習近平を揺さぶることができよう。
 一方、党中央紀律調査委員会は、「共青団」の李源潮・国家副主席に近い仇和・党雲南省委員会副書記の調査を開始した。これは、習近平が李源潮を失脚させようとしている証もしれない。
 よく知られているように、中国共産党は、いきなりターゲットへ迫るのではなく、その前に外堀を埋めるため、ターゲットの部下やその親族から調べ上げる。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」である。
 もし習政権が、李源潮をターゲットにしたならば、習政権が「反腐敗運動」という名の党内闘争を「上海閥」だけでなく、「共青団」にまで拡大したことになる。
 今後、「太子党」と「共青団」との血みどろの戦いは、「上海閥」を加え、人民解放軍を巻き込む内戦に発展するおそれがあるかもしれない。



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