澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -12-
弟子殺し関与で逮捕された“気功大師”王林
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 香港在住の王林(江西省萍郷市蘆渓県出身の63歳)という香具師(やし。主に蛇使いの大道芸人)は、“気功大師”として、中国や香港で絶大なる人気を誇っていた。また、王林は、風水等の占いにも長けていた。
 中国では1990年代に「気功潮」(気功ブーム)が起きた。王林はその時代に現れた一人で、江西省公安庁長の丁鑫発が王林の“恩人”と言われる。
 この"気功大師"が、今年7月15日、自分の弟子、鄒勇の殺害に関わったとして深圳で逮捕されたのである。中華圏では大ニュースになった。
 昨年から今年にかけて、王林が黄ト剛(香港中亜集団董事局主席・深圳市中銀海投資管理有限公司董事長等の肩書きを持つ)と劉峰に“鄒勇とケリをつける”よう、少なくても1700万元(約3億4000万円)で委託したという。
 実は数年前に鄒勇は王林の弟子になったが、近頃その関係は悪化していた。王林は鄒勇に度々カネを無心していたのである。師匠と弟子は、金銭をめぐって、互いに3件の訴訟合戦を行っていた。
 いったん王林は黄ト剛に鄒勇の件を依頼したが、王はどうしても黄が信じ切れなかった。そこで、王林は“鄒勇とケリをつける”件を撤回し、黄ト剛に委託金の返還を求めたのである。だが、黄ト剛は王林に会おうとしなかったし、カネの返金もしなかった。
 そして、ついに黄ト剛は鄒勇殺害を実行に移した。黄を通じて、劉峰以外、あと3人が鄒勇殺害に関わっていたという。その中の2人は自称“中央某部局”の者だと名乗っていた。
 実行犯2人(劉峰と朱礼通)は今年7月9日、鄒勇を拉致し殺害の上、煉瓦工場で遺体を数時間かけて燃やした。葬儀場と違って、同所では火が低温で火力が弱く、遺体がよく焼けなかった。結局、実行犯らは遺体の残りを江西省北部の長江南岸にある鄱陽湖に沈めた。
 中国公安はDNA鑑定の結果、鄱陽湖に沈められた遺体が鄒勇であることを突き止めた。そこで、王林を「不法監禁」の疑いで逮捕した(ただし、王林の「殺人教唆」等の罪が認められるかどうかは現時点では不明)。また、公安当局は、王林の家から鄒勇殺害の「協議書」や「承諾書」等を押収している。実行犯の疑いを持たれた劉と朱は7月14日、逮捕された。また、犯行を指示した黄ト剛も逮捕されている。

 さて、ここで王林の“華麗なる人脈”を披露したい。かつて王林は江沢民元国家主席に「国師」とまで称されたのである。江沢民の実の妹(江沢玲)とも交流があった。
 政治家に関して、王林は李瑞環(政治協商会議主席、元政治局常務委員)・賈慶林(元政治局常務委員)・呉官正(同)・銭其琛(外相)らとも付き合いがあったという。
 他方、王林は既に2011年に失脚した鉄道相の劉志軍だけでなく、今年2月に失脚した朱明国(広東省政治協商会議主席、同省副書記、同省政法委員会書記)との付き合いも深かった。
 さらに、王林は香港の大スター、ジャッキー・チェン(成龍)やジェット・リー(李連杰)をはじめ、有名女優、例えば『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の王祖賢(ジョイ・ウォン。台北出身)、『少林サッカー』の趙薇(ヴィッキー・チャオ)、歌手の王菲(フェイ・ウォン。北京出身)などとも、親密な関係にあったと言われる。
 また、王林は、中国女優、『芙蓉鎮』の劉暁慶、『バイオハザードV リトリビューション』の李冰冰、李湘(女優兼キャスター)などとも関係が深かったという。ちなみに、王林はアリババの総帥、ジャック・マー(馬雲)とも親交がある。
 もし王林が、江沢民、李瑞環、賈慶林、呉官正、銭其琛らへの贈賄に関与していたら、現在進行中の「反腐敗運動」で、彼等の身も危うくなるに違いない。ひょっとすると、王林と深い関係にある王祖賢・趙薇・王菲・劉暁慶・李冰冰・李湘らも公安に取調べを受けるだろう。
 弟子殺し関与で逮捕された王林をめぐり、事件が意外な方向へ展開しないとも限らない。今後の事件の成り行きが注目される。



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