澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -18-
2022年北京冬季五輪開催決定への疑問
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年7月末、国際オリンピック委員会総会がマレーシア・クアラルンプールで開かれ、投票の結果、2022年の冬季オリンピックは北京に決定した(最終候補地として残ったのが、北京とカザフスタン・アルマトイのみ)。同一都市での夏冬五輪開催は史上初という。
 本来、我が国としては、隣国の五輪招致成功を慶賀しなければならないだろう。だが、今回ばかりはそう言ってもいられない。
 7年後の冬季北京五輪について、一部では雪や大気汚染を心配する向きがある。だが、その指摘は少しピントがずれていないだろうか。
 なぜなら、2022年まで今の中華人民共和国の形態が維持されるかどうかわからないからである。その時まで共産党支配が続くのか、疑問符が付く。
 歴史を振り返れば、専制体制下で3度夏季五輪は開催されている。だが、すでに2つの政権は、五輪開催後、約10年で崩壊した。
 ナチス・ドイツは、1936年ベルリン五輪開催後、1945年に崩壊している。これが第1の例である。ソ連邦は、1980年モスクワ五輪を開催した(西側はソ連のアフガン侵攻に抗議して不参加)。だが、1991年にソ連邦は崩壊した。これが第2の例である。
 以上により、過去に夏季五輪を開催した独裁政権は、開催後10年前後で崩壊するという“仮説”が成り立つ。
 両体制がなぜ五輪開催後、約10年で崩壊したのかは謎である。まったくの“偶然”とも考えられる。だが、中国に対しても、3度目の“歴史的法則”が作動しないとも限らない。
 近年の中国経済の減速、および習近平政権による「反腐敗運動」の行き詰まりを見れば、夏季北京五輪(2008年)から約10年後(2017〜19年あたり)に、共産党政権の崩壊も十分考えられよう。
 かつて江沢民政権・胡錦濤政権にとって、「保八」は至上命題だった。成長率が8%以上なければ、毎年、労働市場に参入する新規雇用を確保できないので、社会不安が増大する。だから8%以上の成長を維持しなければならないという論理だった。
 しかし、習近平政権は「新常態」(基本的にはレッセ・フェール"だが、官製の株価上昇・下落でわかる通り、実際はマーケットに介入している)と称して、低成長を容認している。
 他方、習政権は「倹約令」を公布し、贅沢を禁止している。これでは、EU(特にドイツ)がギリシャに押し付けている財政緊縮策と同じなので、成長は望めない。
 現在、中国は景気が悪いので、会社が次々と倒産し、雇用が減少している。また、外資の逃避も著しい。不動産バブル・株バブル共にはじけたと言っても過言ではないだろう。
 当然、社会不安は日に日に増している。年に20〜30万件以上とも言われる「集団的騒乱事件」は年ごとに増大しているのではないか。
 それにもかかわらず、習近平政権は相変わらず“恣意的”な「反腐敗運動」(「太子党」以外の派閥を叩く党内闘争)に専念し、国内で具体的な経済政策を打ち出していない。
 最近、習政権はアジア・インフラ投資銀行(AIIB)設立や「一帯一路」の「新シルクロード構想」をぶち上げた。これらを見ると、習政権は内需ではなく外需に頼ろうとする姿勢が如実に表れている。しかし、外需は相手があるので、必ずしも北京の思惑通りに事が運ぶとは限らない。習近平政権が外需に頼るという事は、つまり内需(とりわけ、不動産がらみの公共投資)には限界がある証ではないだろうか。
 中国は、今や公共投資ができないほど、国や民間に莫大な借金があると言われる(一説によれば負債総額はGDPの282%)。だからと言って、個人消費を増やそうにも、社会保障(失業保険、疾病保険、年金等)の不備で個人消費は伸びない。内需主導の構造転換は時間がかかるのである。
 残るは国際的大イベントの中国開催しかない。そのため、習政権は必至になって、2022年の北京冬季五輪招致をもぎ取ったのではないか。だからと言って、それが景気浮揚の切り札になるとは限らないだろう。
 ところで、普通の民主主義国家ならば、経済が停滞しても、政治体制まで崩壊することはない。その点が、“柔構造”である民主主義の優れたところである。だが独裁体制は、その柔軟性に欠けるため、ある日突然、倒れる事態も考えられる。
 例えば、万が一習近平国家主席の身に何かあれば、たちまち政権は崩壊しよう。その後、中国がどのような混乱状態になるか、想像もつかない。おそらく、人民解放軍同士が国内で戦う公算が大きいだろう。内戦の勃発である。
 以上のように、今の中国の体制が2022年までもてば良いが、もたなければオリンピックの返上の可能性も排除できない(周知の如く、我が国は、日中戦争の影響で、1940年に開催予定だった東京での夏季五輪を返上している)。



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