澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -23-
令完成とスノーデン
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年8月17日、米『ニューヨーク・タイムズ』紙が興味深い記事を掲載した。オバマ政権は北京に対し、中国特別捜査官が米国内で秘密裏に行っている「キツネ狩り」(海外逃亡した中国汚職官僚等の摘発)をやめるよう警告したと報じている。
 米国政府は北京のターゲットが令計劃の弟、令完成であることをよく承知している。また、もし令完成が米国に政治亡命を求めたら、民主党政権としては令完成を保護しなければならないだろう。
 今や、令完成は「中国版スノーデン」と化した観がある。令完成は約2700点の国家機密(その中には、軍の機密や党最高幹部の個人情報も含まれる)と(習近平ら党最高幹部の不倫)「セックス・ビデオ」を持って、米国カリフォルニア州サクラメント市郊外へ逃れた。
 現在、令完成は米国政府に匿われている公算が大きい。オバマ政権は、令完成の身の安全を保障する代わりに、中国の国家機密と「セックス・ビデオ」を入手したと思われる。

 さて、2年以上も前になるが、2013年6月、米カリフォルニア州パームスプリングスで米中首脳会談が行われた。その際、オバマ大統領は習近平国家主席に対し、中国による米国へのハッキングやサイバー攻撃をやめるよう要請している。
 ところが習近平の訪米直前の同年5月20日、米国人エドワード・スノーデン(当時30歳。元CIA職員、元ブーズ・アレン・ハミルトンの契約社員。三沢の米軍基地で働いていたこともある)がNSA(国家安全保障局)の情報を持って、香港へ逃亡したのである。
 それ以降、スノーデンは香港で米国機密情報を英『ガーディアン』紙と米『ワシントン・ポスト』紙等に公表した。
 スノーデンによれば、NSAは、テロ防止のためと称して、グーグル、ヤフー、アップル、マイクロソフト、フェイスブックなど9社から個人情報を提供させていたのである(つまり、NSAが個人のプライバシーやネット上の自由を侵害している)。また、スノーデンは世界情報収集システム「プリズム」等の存在も暴露した。
 ただ、スノーデンのNSAに関する情報暴露動機が今一つ、はっきりしない。スノーデンは20代で年収12万米ドル(一時、年俸20万米ドル)を稼いでいたのである。彼はその保障された収入を投げうって、“国家への反逆者”となり、生涯追われる身となった。
 スノーデンの動機としては、いくつかの可能性が考えられよう。@義憤にかられて、国家が個人のプライバシーを侵害している事実を告発したかった(かつてNSA出身者で同機関の職権乱用を告発した人間が何人も存在する)、Aジュリアン・アサンジ(内部告発サイト、「ウィキリークス」の主催者)のように、反体制的な“英雄”を目指した、Bチェイニー米前副大統領が指摘したように、もともと「中国のスパイ」あるいは「中国のスリーパー」だった、などである。

 前回の米中首脳会談で、オバマ大統領は習近平国家主席に対し、中国軍サイバー部隊(上海の61398部隊か)による米国へのサイバー攻撃を止めるよう言明したに違いない。ただし、それはほとんど説得力を持たなかったのではないか。スノーデンが、2009年以来、NSAが中国や香港に対しハッキングを行ってきたと暴露したからである。これでは“お互い様”だろう。
 その後、スノーデンは香港からモスクワへ飛び、そこで反米左派陣営(ベネズエラ・ボリビア)の一角、エクアドルに亡命申請した。しかし彼の願いは叶わず、スノーデンは未だロシアの政治的保護を受けている。

 今年9月後半、習近平国家主席は訪米する。本来ならば習主席は米国側に対し、令完成・郭文貴(北京盤古氏投資有限公司・北京政泉控股有限公司ホールディングス代表)らの身柄拘束を要求したいところだろう。
 しかし、汚職官僚と令完成・郭文貴らビジネスマンとは一線を画す。前者は明らかに収賄している。なぜなら、彼らは巨額の賄賂を受け取らない限り、絶対に買えない物件(大邸宅や高級車等)を米国で購入しているからである。けれども後者は正当なビジネスで儲け、米国へ移り住んだ可能性もある。したがって、米国側としても慎重な調査をしなければならない。
 今度の米中首脳会談では、オバマ政権側に利があるだろう。令完成という「中国版スノーデン」の存在が大きい。米国にとっては、前回、米中首脳会談の際に突然起きた「スノーデン事件」の"意趣返し"とも言えよう。



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