澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -33-
誰が真の愛国者か
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国人は他の中国人(台湾人・香港人を含む)が“親日的”だったりすると、すぐに「漢奸」(漢民族でありながら、祖国を他国に売る人)というレッテルを貼りたがる。
 台湾の人気歌手、周杰倫(ジェイ・チョウ。台北県(現、新北市)出身。香港映画『頭文字D』で主演、藤原拓海役<相手役は鈴木杏>でも有名)が、マイクロアカウントの「微秀生活」から「日本漢奸」・「売国奴」と非難された。
 周杰倫は「微秀生活」に対し、名誉毀損だとして60万人民元(約1140万円)の損害賠償を求める訴訟を北京朝陽区法院(裁判所)に起こしている。同法院は周杰倫の訴えを受理した。

 一方、范瑋h(クリスティン・ファン)は米国生まれで、台湾で活躍する歌手(米国籍)である。華人文化圏で人気を誇る。2003年の『真善美』は、アジアで100万枚のCDを売り上げた。配偶者は陳建州(台湾籍。愛称は「黒人」)という元台湾バスケットチームの選手で、現在、台湾でタレントとして活動している。
 2011年、范瑋hと陳建州は結婚し、二人の間には双子の幼子がいる。今年9月3日、「抗日戦勝70周年」式典(日中戦争中、中国共産党は日本軍とはほとんど戦っていない)当日、范瑋hがFacebookに彼女と2人の赤ちゃん(飛翔兄弟)の幸せそうな写真をアップした。その途端、中国大陸のネットユーザーから、范は「大閲兵」を取り上げず、「祖国を愛していない」と厳しいバッシングに遭っている。范はネットユーザーに謝罪し、その親子3人で撮った写真を削除した。
 そもそも范瑋hは米国人であり、たまたま台湾を中心に活躍している歌手である。はっきり言って「9・3大閲兵」とは何の関係もない。他方、配偶者の陳建州も、客家系(本籍は広東省梅県)とはいえ、台北市生まれの台湾人である。中国人ではない。
 それにもかかわらず、中国人ネットユーザーが米国籍を持つ台湾在住者の范瑋hに対し、祖国・中華人民共和国への“愛国心”を求める事自体が極めて奇妙だろう。「大中国主義」の表れではないか。

 実はもう一人、バッシングに遭っている人物がいる。アジアの大富豪、李嘉誠である。
 新華社傘下のシンクタンク(瞭望智庫)にいる羅天昊が「李嘉誠を逃がすな」という一文を発表した。現在、この文章が物議を醸している。
 李嘉誠は、もともと広東省潮州市出身である。日中戦争時、両親と共に香港へやってきた。その後、造花「ホンコンフラワー」が当たり、李嘉誠は長江実業を立ち上げる。1989年の「天安門事件」の際、欧米・日本等の外資が逃避していく中、李嘉誠は敢然と中国へ投資した。その過程で、李嘉誠は江沢民をはじめ、共産党幹部らと深く関わっていく。結局、李は中国でのビジネスでアジア有数の大富豪となった。
 ところが、最近、中国経済が減速し始めたので、李嘉誠は中国の将来を見切って、中国株を徐々に売却している。
 他方、今年9月、李嘉誠の長江基建と電能事業の株式交換形式の116億米ドル合併計画が持ち上がった。もし、その合併が実現すれば、長江和記実業系企業の登記地が香港を離れる。つまり、李嘉誠は、中国大陸のみならず、香港からも脱出する。
 それを苦々しく思った中国共産党が、羅天昊に「李嘉誠を逃がすな」という一文を書かせたと考えられる。だが、李嘉誠が香港さえも見切るのはビジネスマンの本能であり、正当なビジネス行為だろう。中国共産党が、李嘉誠は祖国を愛していないと決めつけて非難するはいかがなものか。

 翻って、共産党員が本当に皆、愛国者なのだろうか。
 ここ数年で118万人以上の中国高官とその家族がすでに祖国を離れている。彼らは、@子供の教育、A財産の確保、B身の安全、C(環境汚染のひどい祖国を離れ)より良い環境等を求め、海外移住している。もし、共産党員が真の愛国者ならば、ぜひ、祖国のために中国大陸に留まり、立派な国家を建設してもらいたい。
 とは言っても、現代の中国社会は、上はトップの習近平から下は庶民に至るまで、汚職まみれである。すでに海外移住した中国高官はほとんどが収賄で蓄財したと思われる(正規の給料だけでは収入は限られているので)。
 アヘン戦争時の林則徐のようなクリーンな官僚は、おそらく現在の中国にはどこを探してもいないだろう。いざとなれば、習近平さえも祖国を捨てるに違いない。漢民族に本当の愛国者はいるのだろうか。大いに疑問である。


 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る