澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -41-
中国食糧価格危機
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 中国で3大食糧と言えば、小麦・トウモロコシ・米である。『中国統計年鑑2014年』によれば、2013年、国内での生産高は、それぞれ小麦が約1.22億トン、トウモロコシが約2.18億トン、米が2.04億トンだった。ちなみに、同年の食糧総生産は6.02億トンである。
 2015年10月16日、北京『華夏時報』が次のように報じた。国内ではトウモロコシの価格が平均で20%以上も下がり、去年と比べ最大30%まで下落した。また、小麦は今年の国慶節前、一時、価格が大暴落している。米は今のところ、穏やかな価格で推移しているが、一部では小幅ながら下降した。
 確かに食糧価格が下がれば、消費者は大喜びである。だが生産者は困るだろう。近頃、農民の収入が減少している。もし、穀物価格が20%下落すれば、農民の可処分所得が1000億元(約1.9兆円)減少し、農民の消費傾向が22%減り、以前の78%程度となる。そうなれば、中国GDPの約1%押し下げると予測されている。
 農民の生活が苦しくなると、社会はますます不安定化しよう。そうでなくても、目下、中国では1年で最低30万件以上の集団的騒乱事件が起こっているかもしれないのである。

 実は、近年、莫大な食糧輸入で、中国3大食糧がダブつき気味である。当然、価格は下落する。今年1−9月までの累計で、中国は穀類(穀粉を含む)の輸入が2608万トンで、昨年同期と比べ、81.2%も急伸している。豆類は、同じく今年1−9月までで、5964万トン輸入し、前年同期比で13%増えた(2013年、国内での豆類生産高は1595トンである)。
 では、なぜ中国で食糧輸入が増大しているのか。第1に、アッパーミドル(中流上位)以上の階層が、食の安全・安心を求めるようになったからではないか。第2に、富裕層による美味いモノを求めるニーズが増したからだろう。
 習近平政権は環境問題に対し、本腰を入れて取り組んでいるようには見えない。北京政府は、一部の汚染物質を排出する中小の民間企業に多額の罰金を科している。だが、国有企業は、環境汚染の取締りの対象とはなっていない。国有企業は共産党幹部や人民解放軍と利権で固く結びついているからである。
 一般に、民間企業と比べ国有企業の利益率は悪い。潜在的失業者を抱えているせいである。2014年、(金融企業を除く)国有企業の利益率は、前年比3.4%と鈍化した(ちなみに、2013年は5.9%増)。ましてや、国有企業が環境汚染除去装置を備えたら、更に儲けが減るだろう。
 周知のように、大気・水質・土壌汚染はすべて繋がっている。雨が降れば、大気中に含まれた有害物質(主に工場の煤煙、車の排ガス、家庭から出す石炭暖房器具からの煙、工事現場から出るちり・ほこりなど)が河川や地下水へ流れ込む。その汚染水で穀物が作られる。あるいは、直接、雨が土壌を汚染する。かかる状況下で育てられた穀物には、しばしば多くの有害物質が含まれている。例えば、中国では時々「カドミウム米」が出回っている。南京農業大学が2007〜2008年にかけて行なった調査では、6ヶ所のマーケットで販売されていた米の10〜60%が、基準濃度よりもはるかに高いカドミウム等で汚染されていた。これらは主に南方で生産された米である。また、2013年、広東省で行われた調査では、米・米製品の44%以上が亜鉛等で汚染されていた。
 もし「カドミウム米」を食べれば、日本で発症したイタイイタイ病のような症状が出るだろう。同病は、岐阜県三井金属鉱業神岡鉱山から排出された廃水によって、富山県神通川下流域の熊野地域住民に発生した(特に、更年期以降の出産経験のある女性が多くの罹患している)。普通、まず、腎臓障害が起こり、次に骨軟化症が発症する。
 もちろん、中国における「カドミウム米」は、食品類の中でほんの一例にすぎない。
 中国のアッパーミドル以上の人々は、いくら高価でも、輸入食品への関心が高い。彼らは我が子(基本的に一人っ子)に「カドミウム米」などを食べさせられるはずがない。一人っ子の病気や死は、親たちにどれほど精神的苦痛をもたらすだろうか。「推して知るべし」である。
 他方では、中国富裕層は食にカネを惜しまない。美味しいモノならば、大枚をはたいて海外から取り寄せるだろう。日本から調味料・果実酒・緑茶・水産物等が中国へ輸出されている。一部の中国富裕層は、食を堪能するため、直接、海外の現地を訪れている。


 Ø バックナンバー  

  こちらをご覧ください
  

ホームへ戻る