澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -47-
習馬会談の危うさ
政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年11月4日(日本時間未明)、シンガポールで習馬会談が開催されるというニュースが流れた。
 昨2014年11月10、11日にAPEC首脳会議が北京で開催されたが、当時、馬英九台湾総統(兼国民党主席)の参加が噂された。同時に、習馬会談についても取り沙汰されていた。同年9月3日の時点で、中国側から馬総統招聘の「特使」が台湾へ派遣されたことが判明したからである。
 もし習馬会談が行われれば、1945年(8月28日〜)重慶で行われた蔣介石・毛沢東会談以来、69年ぶりの国共のトップ会談となる。そして、ことによれば「第3次国共合作」が成立したかもしれない。
 ところが、APEC開催直前の10月末、中国側が馬英九総統受け入れを拒んだ。なぜ習近平政権は馬英九訪中を断ったのか。
 その理由として @重要な点に関して中台間で調整がつかなかった(例:中国が台湾に対し、香港と同じ「1国2制度」を主張して譲らなかった) A北京で党内闘争の最中だった B昨年、流行していたエボラ出血熱封じ込め対策で、習政権がてんやわんやだった、などが考えられよう。
 同年11月29日、台湾では地方統一選挙が行われ、国民党は大敗を喫した。馬英九は責任を取って国民党主席を辞し、その職を朱立倫新北市長に譲っている。
 今度の習馬会談は大きな問題を孕む。
 第1に、現在、中国共産党が中華人民共和国を支配しているが、経済大失速のため、習近平政権の「支配の正当性」が揺らいでいる(民主的選挙を行っていないので)。一方、(広義の)支持率が10〜20%しかない馬英九総統は、台湾の民意を代表しているとは言えない。この両者が、今更、シンガポールで一体何を話すというのだろうか。
 第2に、民進党系の人々が危惧しているように、習馬会談は海峡両岸の「平和条約」という美名の下、中台統一の“密約”を行うのではないのか。
 2016年1月16日に行われる台湾総統選挙では、蔡英文民進党候補の当選はほぼ間違いないと目されている。同時に行われる立法委員選挙も、民進党系が過半数を獲得する勢いである。
 もし、次期総統選で蔡英文が当選し、その次の2020年総統選でも再選されれば、蔡の任期は2024年までとなる。習近平の任期は2022年までなので、中台統一は考えにくい。そこで、中国共産党が動くのは今しかないと思われる。

 さて、中国人は歴史に名を残すことを最高の栄誉としている。習近平は主席就任以来、その野望を抱いているのではないだろうか(本人は毛沢東の“継承者”と自認しているという)。
 習政権が「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)政策を完全にやめ、“積極戦略”へ転換したことは、周知の事実である。これは、南シナ海制覇と中台統一は「偉大なる中華民族の夢」を実現するためではないか。
 今年7月、中国共産党は、内モンゴルで台湾総統府を模した建物を作り、人民解放軍が軍事演習を行った。「台湾解放」を狙っていることは明らかであろう。
 他方、最近、馬英九がロイターのインタビューに「中台統一の機は熟していない」と答えている。これは、中台統一を隠すためのカムフラージュかもしれない。

 ところで、1992年、中台の窓口機関が香港で接触した際、国共間で「92年コンセンサス」(両者は「一中各表」を確認)を合意したという。共産党は中華人民共和国を、国民党は中華民国をそれぞれ「中国」とする。だが、正式文書が残っていないので、国共がのちに捏造した公算が大きい。
 ひょっとすると、習馬会談では次のシナリオが密かに合意されるのではないか。
 来年、台湾総統選直後、人民解放軍が粛々と台湾海峡を渡る。馬英九政権は中国軍とは戦わずに、その軍隊を歓迎する(ただし、解放軍が総統選挙前に動く可能性も排除できない)。
 その時、米軍は動けない。「台湾関係法」(米国内法)が適用できないからである。同法は、中国軍の“台湾侵攻”を前提にしている。台湾住民の生命と財産が危険に晒された際、米国は兵器の供与をはじめ、あらゆる手段を使っても、その“侵攻”を阻止する。けれども、中台が平和的に統一された場合、米国にはなす術がないのである。
 かくて、台湾は中華人民共和国の一部、「台湾特別行政区」となり、馬英九が引き続き「行政長官」(あいるは「区長」)となるだろう。
 しかし、民進党をはじめ台湾住民が立ち上がり、ゲリラ戦を展開したら、おそらく米軍は反政府軍に加担するに違いない。そして、米中間で全面戦争の危機が高まる恐れがある。



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