澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -61-
深圳光明新区での地滑り事故

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 年の瀬も押し迫った2015年12月20日、中国広東省深圳光明新区(2007年5月に成立。香港・新界の北部、広東省東莞市の南部に位置する)の工業団地で巨大な地滑りが起きた。
 100メートル以上うず高く積まれた土砂が、突然、津波のように工業団地を襲った。そして、33棟の建物がアッと言う間になぎ倒されている。被害面積は約38万平方メートル(東京ドーム<4万6755平方メートル>約8個分)に及ぶという。
 同工業団地では、山を削った部分に大量の土砂が運び込まれていた。積み上がった土砂はまるで“おから”のように柔らかかったと伝えられている。
 光明新区住民の話によれば、2015年2月、当地への土砂埋め立てが禁止されたという。だが、その後も連日、1日数百台のトラックがやって来て、土砂が運び込まれた。深圳の地下鉄工事によって出た土砂との情報がある。その土砂に関しては、深圳市の益相龍投資発展有限公司が請け負っていた。事件発生2日後、益相龍の副社長が逮捕されている。
 習近平主席と李克強首相は、すぐさま現地での対策を指示した。事故発生後、広州軍区所属42軍工兵団・武装警察・特別警察・省市消防隊など4000人体制で懸命な捜索が続けられた。だが、土が柔らかく足がとられて、作業は難航している。
 今度の大規模な土砂災害では、当初、91人との連絡が取れなくなった。間もなくその中の15人とは連絡が取れたが、残りの76人は土砂の中に埋もれている公算が大きく、その安否が気遣われている。
 12月23日、災害発生から67時間後、幸運にも初めて1人の男性(田沢明。重慶市出身の21歳)が救出された。他方、3人の遺体も発見されている。同日現在、未だ70人以上が行方不明である(彼らは皆、他の省からやって来た労働者)。
 中国国土資源省は、今回の地滑りに関して、天災ではなく“人災”だと決め付けた。もし、そうだとすれば、深圳市にも責任があるだろう。市当局は、土砂の積み上がった量がすでに限界に達しているにもかかわらず、何も対策を講じてこなかった。また、当局は、住民が業者による土砂の運び込みを通報しても、見て見ぬふりをしてきた。深圳市党委員会書記(同市トップの馬興瑞)と深圳市長(許勤)は責任を免れないだろう。
 ひょっとすると、今後、深圳市ばかりでなく、その上級機関である広東省当局の責任を問われる可能性も捨てきれない。広東省は、「共青団」第6世代のホープ、胡春華がトップである。今の習近平体制(「太子党」中心)は、この事故を奇貨として「共青団」叩きをするかもしれない。

 よく知られているように、香港に隣接する深圳(元は宝安県深圳鎮)は、1980年8月、「経済特区」として開発が始まった。当初、深圳は人口30万人の農村だった。だが、1980年代から急速に開発が進み、80年代末には100万都市、今では1000万人以上が住む大都市へと変貌を遂げたのである。
 現在もなお、深圳は北京・上海と並んで、経済発展している。当地は賃金が高く、不動産価格も下がらない(むしろ上昇している)。そのため、全国各地から人々が出稼ぎにやって来るのだ。

 さて、中国では、今般のような深刻な事故が日常的に繰り返し発生している。たとえば、2015年8月に起きた天津大爆発である。不思議なことに、事故原因の究明は一切行われず、爆発発生場所周辺はたちまち「エコ・パーク」へと生まれ変わった。
 なぜ、このような重大事故が頻繁するのだろうか。恐らく、中国人は他人を同じ人間、同じ“同胞”だと考えていないことに起因するのではないか。普通、中国人は「自分と関係ない人は人間ではない」と見なす傾向がある。
 今回、事故発生の原因を作った人々には「このままでは、いつか大事故が起きて、他の人に甚大な被害が及ぶ」という想像力が欠如している。
 古来より、中国では「地縁・血縁」と「幇(パン)」(友情・信義で固く結び付いた兄弟以上の特殊な関係)が重んじられる。それは、「自分と自分に関係の深い人さえ良ければそれでいい」、逆に言えば、「自分と関係ない人はどうなっても構わない」という発想につながる。
 その一方、普遍的な法やルールは“二の次”で、ないがしろにされやすい。したがって、場合によっては法やルールよりも「地縁・血縁」「幇」の論理が優先される。そのため、中国では未だ「地縁・血縁」と「幇」重視の「人治」が行われ、いつまで経っても「法治」は実現できずにいる。



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