澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -62-
甘粛省中1少女の投身自殺とその抗議デモ

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 2015年12月28日、中国甘粛省金昌永昌県で中1少女が高層ビルから身を投げた。自殺の原因は些細な理由だった。
 事件当日昼頃、永昌県に住む中1の少女、趙琴(12歳)は近くの「華東スーパー」からチョコレート等を衣服に隠して店を出ようとした。スーパーの店主(警備員との説もある)がそれを見つけ、少女を厳しく咎めた。ここまでは、日常茶飯の話である。
 まず、趙琴の母親が呼ばれたが所持金が足りず、娘の万引きの“弁償金”を払えなかった。次に、今度は父親の趙長軍が呼び出された。そして、父親は店主に“弁償金”150元(約3000円)支払わされている。
 趙琴はスーパーから姿を消したので、学校へ戻ったかに思われた。だが、少女は店主から2時間以上も叱責・侮辱されたのを苦にして、午後2時半頃、ビルの17階から投身自殺したのである。
 実は、趙琴の家庭は貧しかった(彼女には兄が1人いた)。父親はポップコーンを売って生計を立てている。毎日の食事さえも不自由している様子だった。
 その日、趙琴は学校からいったん戻って、父親に電話している。父親は娘にテーブル上にあるお金を使って、何かお昼を食べなさいと促した。ところが、趙琴は父親が何も食べていないのを知った。少女は父親に牛肉麺を食べさせたかった。趙琴は水だけ飲んで、お昼を我慢しようとしたのである。そのためか、少女は店でチョコレート等を万引きするに至ったという。
 日本ではあまり知られていないが、大半の中国人は依然、このような苦しい生活を強いられている。決して彼女の家庭が特別というわけではない。
 他方、最近、権力に近い富裕層は「趙家人」(趙家一族)と呼ばれ、巨大な財産を築いている(魯迅の『阿Q正伝』の中に出てくる金持ちの代名詞。一種の“流行語”)。
 中国では、しばしば小さな事件が大事件へと発展する。少女の投身自殺後、多数の地域住民が「華東スーパー」へ抗議しに行った。
 確かに、その店主には“行き過ぎ”の点があった。店主が親に“弁償金”として150元も支払わせるのはおかしい。また、趙琴は店主からさんざん叱責され、侮辱され、脅された。挙句の果てに、少女は投身自殺している。どう考えても理不尽な話ではないか。
 翌29日、地域住民が数千人の抗議集会を開いた。そして、一部暴徒化した人々はそのスーパーを破壊したのである。これは明らかに地域住民らによる“行き過ぎ”だろう。
 結局、警察が出動し、数千人のデモ隊と対峙し、現場は一時騒然となった。また、一部の群衆は警察車両の窓を破壊した。そのため、多数の逮捕者が出ている。
 翌30日、さらに事件は展開する。何と激怒した民衆は1万人以上にふくれ上がり、張応華・金昌市長のところまで行って、市長を殴打したのである。
 同市当局では、群衆のコントロールが効かなくなった。そのため、蘭州軍区の武装警察に応援を要請し、3000人の武装警察が派遣されている。
 普通、少女投身自殺が、これほどまでに大きな抗議デモへと発展するだろうか。中国国内に不満が鬱積している証左だろう。“付和雷同”的に抗議デモに参加する人間も多いかもしれない(ひょっとすると、抗議デモを扇動する人間がいるのではないか)。

 現代の中国人は、自分の周囲で何か問題が起きれば、騒ぐことによってフラストレーションを吐き出し、解消している側面がある。
 実際、このような類いの事件が、おそらく毎日800件から1000件ほど、中国全土で起きている。この中1少女投身自殺に端を発する抗議デモは、あくまで“氷山の一角”でしかない。
 別の事例を挙げてみよう。近頃、中国では景気減速している。そのため、多数の会社が倒産し、社長が“夜逃げ”するケースが多い。労働者らは社長が既に逃亡しているので矛先を変え、地方政府に賃金未払いを訴えて抗議デモを行う。
 しかし、地方政府が、いちいち労働者に未払いの賃金を肩代わりする訳にはいかないだろう。際限がない。最終的には、公安や武装警察が出動し、これらの抗議デモを抑えている。
 ただし、このまま不景気が続けば、失業者が増え続け、いつ公安・武装警察が鎮圧できなくなるとも限らない。近い将来、人民解放軍が出動することになる可能性も排除できないのではないか。
 1949年以来、中国共産党は中国大陸を支配してきたが、これまでの様々な社会矛盾が、今、一挙に噴出してきている観がある。近い将来、急増する集団的騒乱事件が、人民解放軍さえも鎮圧できない事態に陥る公算は小さくない。



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