澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -69-
「一つの中国」と「台湾独立」というタームへの疑問

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 台湾を語る際、必ず出てくるのが「一つの中国」と「台湾独立」という2つの言葉である。今度の台湾総統選挙・立法委員選挙の結果を受け、日本のマスメディアは盛んに「一つの中国」の原則、(蔡英文新総統の)「台湾独立」志向などと使用している。だが、これらのタームを検証なしに使うのは問題ではないか。
 まず、「一つの中国」だが、1949年に中台は“分裂”し、以来、中国共産党は中国大陸(中華人民共和国)を、国民党は台湾(=中華民国、以下、同様)をそれぞれ統治するようになった。
 共産党も国民党も、お互い相手の領土(前者は台湾、後者は中国大陸)を統治していないにもかかわらず、「一つの中国」(大陸プラス台湾)を主張してきたのである。
 両党ともに「一つの中国」という「虚構」(フィクション)を掲げてきた。そして、世界の大半の国々が国共の主張する「一つの中国」を認め、今なお、この「虚構」に“お付き合い”している。
 だが、国際法上はともかく、実態として、どこに「一つの中国」が存在するというのか。明らかに、この地球上には、「二つの中国」(蔣介石父子が台湾を統治していた時代)ないしは、「一つの中国、一つの台湾」(台湾が民主化されてから)が存在する。1971年に台湾が国連を脱退するまで、欧米日本は台湾を「国家」として承認していた経緯もある。
 さて、(第3期)李登輝時代・陳水扁時代(両総統共に本省人=台湾人)に、台湾は中国とは違う、別の「国家」と位置付けた。前者は「二国論」(中国と台湾は特殊な国と国との関係)、後者は「一辺一国」(両岸は別の国)を唱えた。
 しかし、2008年、国民党の馬英九(外省人=在台中国人)が総統に就任後、また「一つの中国」を持ち出してきた。そして、馬総統は中国共産党と連帯している(ちなみに、馬総統のねらいはズバリ「中台統一」だろう)。

 もう一つ、「台湾独立」という言葉にも問題があるのではないか。その本来の意味は、(反国民党人士による)「中華民国体制からの独立」だった。それがいつの間にか、「中華人民共和国からの独立」という意味にすり替えられたのである。
 改めて言うまでもなく、現在の台湾は、中華人民共和国の統治下にはない。支配されていない国から「独立」することは論理的にあり得ない。
 例えば、21世紀に入ってから、東ティモール(2002年)と南スーダン(2011年)が「独立」した。前者は、インドネシアの統治(国際法的にはポルトガル)から「独立」、後者はスーダンから「独立」している。
 東ティモールも南スーダンも、以前はインドネシアとスーダンという国家の統治下にあり、そこから「分離・独立」を達成したのである。
 中華人民共和国に支配されていない台湾は、一体、どこから「独立」するというのか。
 ちなみに「国家」とは@領土 A人民 B正当な政府 C主権(外交権)の要件が必要とされる。これに照らせば、台湾は立派に「国家」の要件を満たしている。
 実際、台湾は22ヵ国と「国交」もある。それらの国々は少なくても台湾を「国家」として承認しているのである。したがって、台湾は“事実上”の「国家」と言えよう(翻って、中国こそ、共産党が大陸で政権を奪取して以降、一度も選挙を行っていない。統治の「正当性」が疑われても仕方がない)。
 しかし、日本をはじめ欧米諸国は、依然、台湾を正式な「国家」として承認していない。そして、しばしば台湾を「チャイニーズ・タイペイ」などと呼称する。

 ところで、中国共産党は中華人民共和国建国以来、「台湾は神聖なる中国の領土の一部」と主張している。共産党は、その台湾統治の根拠を1943年の「カイロ宣言」に求める。ところが、この「カイロ宣言」は、世界中どこにも“正文”が存在しない。
 仮に、正文が存在しても、日本が領有していた台湾の返還先は、あくまでも中華民国であり、中華人民共和国ではない。中華民国が消滅したら、中華人民共和国が台湾を継承する権利があるかもしれない。だが、未だ中華民国は厳然と存在している。
 恐らく今後、台湾が真の「独立」を達成するためには、中国が内乱等で国内が大混乱した時、国名を変更(例:「台湾共和国」)し、新憲法を制定するしかないだろう。



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