澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -73-
日本に蔓延する「『中国崩壊論』否定症候群」

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 現在、中国経済が1990年以降最悪で危機的状況にもかかわらず、我が国では、それを直視したがらない風潮がある。
 一部の論客は、中国経済の失速程度で強固な共産党政権は崩壊するわけがない、という思い込みが強いのではないか。彼らは中国崩壊という恐ろしい近未来を想像したくないのかもしれない。或いは、一部の日本マスメディアが中国の真実を報じないので、よく現実を知らない可能性もある。これは、「『中国崩壊論』否定症候群」とも呼ぶべき現象かもしれない。

 さて、あらゆる経済指標の中で最もわかりやすいデータはGDPだろう。だが、周知の如く、中国当局が発表するGDP数値はあてにならない。
 今の李克強首相が遼寧省トップだった頃、中国の経済データは「人工的」だと言ったのは有名である。当時、李克強は@電力消費量 A貨物輸送量 B銀行の貸出総額が、割と信頼できる数字だと指摘している。ただ近頃では、これらの数値も怪しい。
 しかし、中国当局発表する経済数字の中で信頼できる数値がある。中国版公定歩合である。他にも貿易統計は相手国があるので割と信頼できるが、公定歩合の方が単純明快だろう。景気状況が一目でわかるからである。
 言うまでもないが、景気が好調な時、金融当局は加熱を恐れ、公定歩合を引き上げる(金融引締め)。反対に、景気が落ち込むと、金融当局は公定歩合を下げ景気回復を狙う(金融緩和)。
 現時点での中国の公定歩合は、1年から5年モノの貸出金利が、昨2015年10月以来、4.75%と最低である(12年7月までは1年から3年モノだった)。08年9月に起きた「リーマン・ショック」後(同年12月)の公定歩合5.40%よりも更に低い。今の中国経済はここ四半世紀で最悪であると言っても過言ではない。

 しばしば指摘されるように、中国経済の問題は、主に過剰生産(能力)と過剰在庫にある。
 例えば、鉄鋼・セメントなどが過剰在庫となっている。最近、習近平主席が、「一帯一路」(「新シルクロード」構想)を掲げ、盛んに海外で原発や高速鉄道等のトップセールスを行っている。それは、国内で消費が難しいからに他ならない。
 一部のエコノミストは、過剰生産(能力)・過剰在庫が調整できれば、中国経済は蘇ると考えている。だが、それは希望的観測に過ぎないのではないか。彼らはそこで思考が停止し、その先の事態を殆ど考慮していない。中国経済の減速に伴い@党内で権力闘争激化し、A集団的騒乱事件が頻発する事にまで思いを馳せることができないのである。

 まず@の場合、景気低迷は党内でその責任問題が浮上する。本来、李克強首相(「共青団」)が経済を担当するはずだが、事実上、習近平主席(「太子党」)が経済政策の実権を掌握している。そのため責任は李首相にあるのか、それとも習主席にあるのか微妙だろう。
 そうでなくても、習政権による「反腐敗運動」が進行中である。習現主席の「太子党」と江沢民元主席の「上海閥」、それに胡錦濤前主席の「共青団」の間で“生きるか死ぬか”三つ巴の権力闘争が展開されている。
 景気悪化は、権力闘争を更に激化させよう。2015年8月、「天津大爆発」とその後に起きた一連の化学工場爆発は内戦の予兆である。いつ武力を伴う党内分裂が起きても不思議ではない。

 次に、A集団的騒乱事件(多くが地元住民と公安・武装警察との戦い)は、推定、年間30万件以上も勃発している。1990年代前半の約1万件から、年間15%〜20%のペースで伸びてきた。
 一例を挙げてみよう。広東省東莞市(製造業拠点の集積地)では、ここ1年で約4000社が倒産したと伝えられる。仮に、ある工場が倒産し、社長が夜逃げしたとする。残された従業員は未払い賃金の補償を求めて地方政府に陳情へ行く。当局としては、私企業が倒産したからといって従業員に賃金補償はできない。すると、従業員の不満は解決されず、集団的騒乱事件に発展する。
 我が国の場合、バブル崩壊後、低成長・マイナス成長のため、「失われた20年」と呼ばれた。幸い、社会が柔構造(民主主義が作動)のため、大きな社会変動が起こることはなかった。
 他方、1949年の「新中国」成立後、共産党は基層レベルを除いて一度も選挙を行っていない。未だ一党独裁で社会構造が硬直したままである。そのため、一見、中国は強固な体制に見えるが、革命等の大きな社会変動に見舞われる恐れもある。そして、かつてのソ連邦のように、一挙に瓦解しないとも限らない。

 以上のように、目下、チャイナ・リスクの本質を理解しない一部の日本人論客が、世論を“ミスリード”しているのではないだろうか。


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