澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -81-
中国人研究者による「台湾報復論」

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年2月15日、于迎麗(上海国際問題研究院アジア太平洋研究センター助理研究員)が香港の鳳凰衛視(衛星テレビ)『鳳凰全球連線』に出演し、奇妙な主張を唱えた。
 もし米オバマ政権が、北朝鮮の核・ミサイル問題を軍事的に解決しようとした際には、北京はその報復として台湾への攻撃を排除しないという(「台湾報復論」)。
 朝鮮半島と直接関係ない台湾にとって、迷惑千万な話だろう。この于迎麗発言は、インターネット上でホットな話題となった。だが、さすがに、中国のネット・ユーザーからさえ、その発言は捨てておけないと非難されている。
 周知のように、今年1月6日、北朝鮮による「水爆」実験が行われた。翌2月7日、北は「人工衛星」(事実上、北朝鮮から米国西海岸まで届く大陸間弾道ミサイル)を発射した。
 同月21日、ジョン・カービー米国務省報道官は、金正恩政権が先の核実験直前、米国に対し平和協定交渉(朝鮮戦争を正式に終結)を提案してきたことを明らかにしている。けれども、ほどなく北朝鮮は「水爆」実験を強行した。そのため、米朝による和平交渉は頓挫したという。
 北の強硬姿勢を見て、米オバマ政権はようやく重い腰を上げた。同報道官声明直前の2月17日、F-22(ラプター)4機を沖縄嘉手納基地からソウル・烏山空軍基地上空へ派遣し、北朝鮮を牽制している。

 さて、ステルス戦闘機のF-22が、平壌の金正恩第一書記を密かに襲撃して暗殺するという映画のようなシナリオは十分考えられよう。だが、“対中弱腰外交”を続けてきたオバマ大統領が、そのシナリオに「ゴーサイン」を出すとは考えにくい。
 仮に、于迎麗の主張が人民解放軍内にある普遍的考えだとしよう。その場合、もしオバマ政権が金正恩を暗殺したら、中国軍が台湾へ攻撃を仕掛けるという可能性を排除できない。したがって、今度のF-22による米国のデモンストレーションは、単なる“ポーズ”である公算が大きい。
 一方、習近平政権としては、たとえワシントンに金書記が暗殺されても、本当に台湾攻撃を試みるか、大きな疑問符が付くだろう(ちなみに、我が国では、米国に代わって北京政府が金正恩を暗殺するのではないかと唱える人々がいる)。台湾海峡で“第3次世界大戦”が勃発しないとも限らないからである。

 ところで、あまり知られていないが、朝鮮半島と台湾には“歴史的連動性”がある。シー・パワー(海洋国家)とランド・パワー(大陸国家)がぶつかり合う両地域ゆえのことだろう。
 まず、1894年から95年にかけて、大日本帝国と大清帝国が朝鮮半島の覇権をめぐって戦った。日清戦争の結果、朝鮮半島とは無関係な台湾が清朝から日本へ割譲されている。
 当時の台湾人は、異民族支配という現実に驚愕した。そして、一部の台湾人は立ち上がり、「台湾民主国」樹立へと動いた。だが、圧倒的な日本軍の力の前に「台湾民主国」はまもなく瓦解している。
 次に、1950年6月、今度は朝鮮半島で、朝鮮戦争が勃発した(ソ連邦のスターリンと中国の毛沢東から支援を受けた金日成が韓国へ南進を開始したというのが通説である)。驚いた米トルーマン大統領は、すぐさま韓国防衛を決定した。同時に、同大統領は「台湾海峡中立化」も宣言している。

 実は、1949年夏、トルーマン政権は『中国白書』で、これまでの対国民党政策の過ちを認め、今後一切、蔣介石政権を支援しないことを言明していた。さらに、1950年1月、当時の米アチソン国務長官は、台湾と韓国を「不後退防衛線」の外と位置付けた。ワシントンは東アジアで何が起きても、台湾も韓国も助けないと明言したのだった。
 同年4月、中国人民解放軍は「台湾解放」のため、台湾海峡を渡る予定だったと言われる。ところが、解放軍内部で病気(ジストマ?)が流行したためか、「台湾解放」をできなかった。
 同年6月、朝鮮戦争が勃発した時点で、トルーマン政権は韓国を防衛する以上、台湾も防衛しないのはおかしいと考えた。実際、「台湾海峡中立化」とは名ばかりで、人民解放軍の「台湾解放」を阻止するための措置だったのである(1949年12月、国民党軍は中国大陸から台湾へ敗走し、翌年6月当時「大陸反攻」をする状況にはなかった)。
 結局、朝鮮戦争勃発のお陰で、蔣介石政権は生き長らえた。その後、台湾は姿を変えながら今日に至っている。


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