澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -94-
山東省の母娘による違法ワクチン販売事件

政策提言委員・拓殖大学海外事情研究所教授 澁谷 司

 今年3月23日、中国で、中華人民共和国成立以来、最悪と言われる違法ワクチン事件が発覚した。
 山東省済南市に住む龐(ほう)という姓の女(47歳)は、かつて同省菏沢市牡丹人民病院で医師(薬剤師説もある)をしていた。龐は、その病院を離職後も2種類のワクチンを違法に販売したため、2009年、懲役3年、執行猶予5年の判決を受けている。
 だが、龐は2010年頃(執行猶予期間中)から、孫という姓の娘(医大卒の21歳。中国は父系制なので母親と子供の姓は異なる。普通、子供は父親の姓を名乗る)と共謀して、インターネット上で、児童用のワクチン(脳膜炎、水痘など)、成人用ワクチン(インフルエンザ、狂犬病、肝炎など)、合計25種類を違法に販売している。
 一般的に多くのワクチンは、2〜8℃が最適の保存温度といわれる。そのように保管しないと効力が失われる。ところが、この母娘は大量のワクチン(約200万本)を何故かそれよりも高温で保管していたという。そして、母娘は、その違法ワクチン(期限切れのワクチンを含む)をパソコンや携帯等を使って売りさばいていたのである。
 その違法ワクチンを投与された人たちは、5年以上にわたり24県市、数万世帯に及ぶという。その間、母娘は5億7000万元(約100億円)も荒稼ぎしていた。製薬会社従業員とワクチン密売人200〜300人が、その不法販売に関与した疑いが持たれている。現時点までに、約130人の容疑者が当局に逮捕・拘束された。
 今年3月8日、広東省河源市紫金県で、沈という姓の児童(4歳)が、ワクチンを投与され、死亡するという痛ましい事件が起きている。
 その児童は、3月4日午前、通っていた幼稚園でワクチンを注射された。当日午後、発熱したので病院へ運ばれた。けれども、その児童は回復せず、4日後に死亡している。2日後の10日、中山大学法医学鑑定センターで遺族の同意のもと、児童の遺体解剖が行われた。
 ただし、当局は、その児童の死亡は山東省の事件とは無関係と発表している。
 章子怡(チャン・ツーイー)は、日本でも人気のある女優である。章は微博(中国版ツイッター)で中国の母親達に、子供へのワクチン注射には十分気をつけるよう呼びかけた。だが、今後、この事件がどれほどの拡がりを見せるのかわからない。

 さて、この事件に関しては、母娘、とりわけ母親の医師(or薬剤師)としてのモラルが問われるだろう。
 最近、我が国でも、タレント女医(開業医)が、あたかも診療したかのように装い、医療報酬を誤魔化して国民健康保険から約7000万円以上、不正受給していた。3月9日、その女医は閉院・逮捕されている。女医は、ホストクラブ通いで、一晩に900万円も使うことがあったという。
 同じ医療関係の事件でも、日中では、その質がまったく異なる。中国の母娘の悪事は、日本人女性医師のそれと比べると、何と罪深いことか。かたや、殺人事件・殺人未遂事件(詐欺事件も含む)であり、かたや、単なる詐欺事件である。

 ところで、中国では、この大事件を受けて、中間層(特に、アッパー・ミドル=中流上位)は、自分の子供達をわざわざ香港まで行かせ、ワクチンを受けさせるよう決意したという。自国の医師や製薬会社が信じられないとは、不幸と言わざるを得ないだろう。
 今の習近平政権は、「一国二制度」の香港を中国共産党のコントロール下に置こうと画策している(例:「銅羅湾書店事件」)。
 けれども、中国大陸と香港とでは、社会システムの差は歴然としている。前者は不信の渦巻く社会であり、後者は日本と同じように、信頼で成り立つ社会である。だから、中国と香港では流通するモノの品質も違う。中国人自身も“メイド・イン・チャイナ”製品を信用していない。したがって、中国のアッパー・ミドルは乳児用ミルクや紙オムツ等を香港で“爆買い”している。
 ちなみに、昨2015年、中国人の海外での“爆買い”は、前年比53%増の1兆3500億元(約23兆3000億円)に達した。中国国内での消費が伸びないも無理はないだろう。


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