澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -197-
2017年香港行政長官選挙

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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司

 今年(2017年)3月26日(日)、香港では行政長官選挙が行われる(行政長官の任期は、今年7月1日から2023年6月30日までの5年間となる)。
 本来ならば、今回から「1人1票」の普通選挙で行政長官を選ぶ予定だった。ところが、2014年8月末、中国全国人民代表大会常務委員会は、行政長官候補者を2〜3人に絞るよう決定した。
 「親中派」の多い1200人「指名委員会」(=「選挙委員会」からの横滑り)の過半数の推薦がなければ、候補者にはなれないとしたのである。
 以前のルールでは、全体の8分の1以上の推薦が候補者となるための条件だった(香港返還前の1996年以来、行政長官候補者は「推薦委員会」や「選挙委員会」での定数8分の1以上の推薦で、立候補が可能だった)。中国共産党は、そのルールを突然、変更したのである。
 これでは、「泛民主派」の人間は、絶対に候補者になれない。「指名委員会」には「泛民主派」の委員が約300人しかいないからである。
 もし、この制度の下、「1人1票」の普通選挙を行なっても、「親中派」の候補者しか出馬しないので、必ず「親中派」の行政長官が選出される。これでは、とてもフェアな選挙とは言えないだろう。「一国二制度」の形骸化である。
 そのため、2014年9月下旬から12月中旬にかけて、香港では大規模な抗議運動「雨傘革命」が起きた事は記憶に新しい。
 翌15年6月、香港政府は、全人代常務委員会が決めた新選挙方式、すなわち「指名委員会」過半数の委員から推薦を受けた2〜3人だけを候補者をとする「1人1票」での法案を立法会へ提出した。
 これは重要法案なので、立法会では3分の2以上の賛成票が必要だった(普通の法案は過半数で通過)。けれども、「泛民主派」が3分の1以上を占めるため、その法案は賛成8票、反対28票で否決された(多くの「親中派」議員が投票を放棄)。
 そこで、今度の選挙は、以前同様、再び「選挙委員会」1200人(実際は1194人)が推薦した候補者の中から、行政長官を選出することになった。
「選挙委員会」は、香港永久市民で、38業界の団体や区域組織などから成り立つ。立法会議員や香港特別行政区の全人代代表も、その委員となっている。
 2月14日から3月1日まで、立候補者は「選挙委員会」から150人以上の推薦を獲得しなければならない。
 昨16年12月、行政長官の梁振英は、家庭問題を理由に、再選出馬を辞退した。梁は14年の「雨傘革命」等で、北京政府からその行政能力を問われたのである。
 現在、香港では、今回の選挙は、前財政司長の曾俊華と前政務司長林鄭月娥の争いと見られている。その他、元裁判官の胡国興や現、立法会議員の葉劉淑儀(新民党主席) も参戦した。
 2月8日、「泛民主派」の立法会議員、梁国雄(あだ名は「長毛」)も行政長官選挙へ出馬すると正式に宣言した。そして、同月22日までに3万8000人の署名―有権者の約1%以上を集めて選挙に出るという(だが、それが本当に可能かどうか不明である)。
 香港メディアの報道では、中国全人代委員長の張徳江が、孫春蘭(党中央統一戦線工作部長)を深圳へ送り、香港の「選挙委員会」委員と会って、北京政府の支持する林鄭月娥へ投票するよう依頼しているという。
 これは、前回の行政長官選挙時、胡錦濤主席(当時)が、劉延東(現、副首相)を深圳へ送り込んで「選挙委員会」委員に梁振英候補への投票依頼したパターンと同じである。
 もし「選挙委員会」の票が割れて、誰も過半数を得票できない場合、選挙がやり直しとなる。今年7月1日までに、行政長官が決まらないと、香港に政治空白が生じる。習近平政権はその点を案じている。
 真偽のほどはわからないが、前回の選挙時、梁振英は香港の中国共産党地下党員と噂されていた。そのため、香港では梁の人気はまったくなかったのである。
 けれども、胡錦濤政権の思惑通り、梁振英は本選で689票獲得し、ライバルの唐英年を下して当選した。
 ボイス・オブ・アメリカ(「美国之音中文」2017年2月11日付)によれば、「オキュパイ・セントラル」を提唱した戴耀廷(香港大学法律系副教授)や民間団体で組織されている「公民連合行動」が、香港大学民意研究プロジェクトや香港理工大学社会政策研究センターへ委託し、「2017年香港行政長官民間投票」を実施した。
 香港時間2月10日0時に締め切った投票結果(合計総数1万2501票)は、曾俊華が7005票獲得して第1位、梁国雄は3400票近く取って第2位、胡国興が1802票で第3位、林鄭月娥と葉劉淑儀はそれぞれ109票と75票だった。
 今回、投票した人達は、主に「泛民主派」だと考えられる。しかし、不人気な林鄭月娥が行政長官となれば、前回の梁振英と同じ結果となるかもしれない。