我が国は法治国家である。外国人であろうと、我が国内における行動が法を遵守すべきことは当然である。違法行為を犯した者に対しては、国籍の如何を問わず、法律に基き厳正に対処すべきことは主権国家として当然の義務である。
然るに菅民主党政権は外国の恫喝に屈して公然と法秩序を破壊し、国威を失墜せしめ、全世界に恥を曝した。しかも今なお、犯人釈放は検察当局の判断に基くものであり、政府はそれを尊重したに過ぎないと嘯き、責任回避に腐心している。許すべからざる卑劣行為であろう。
1、本件は9月7日、尖閣諸島沖の我が領海内において違法操業をしていた中国漁船が海上保安庁巡視船の停船命令を無視して、我が巡視船2隻に故意に衝突し、逃亡を図ったものである。海上保安庁は、この事件の悪質性(故意であること、巡視船及び乗組員の安危に係る危険性があったこと、重大な損傷を負ったこと等)に鑑み、政府の責任において当該漁船を拿捕し、船員全員を逮捕した。然るに政府は領海侵犯や漁業法、入管法違反は不問に附し、公務執行妨害容疑について船長のみを送検し、一般乗員14人と漁船は9月14日釈放、中国に帰国させた。政府の中国に対する妥協的姿勢が既に示されていた。
2、 沖縄地検は以後取調べを続け、19日に拘置期限の10日間延長を石垣簡裁が認めた。然るに同地検は突如24日、国民への影響や日中関係の今後等を勘案して処分保留のまま釈放する決定を下した、と発表した。検察当局にかかる権限はあるのか。
抑、起訴の可否は法律と証拠に基いてのみ決せられる。政府が盛んに引用する刑訴法248条(起訴便宜主義)は、「犯人の性格、年令及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況」により「訴追を必要としないとき」に公訴不提起を許容したに止まる。「必要としない」とは「適当でない」とは異なり、要、不要の問題である。また「必要ないと認める」との主観的判断ではなく、不要であることが一見明白な客観的事実がなければならない。まして本件について地検が公表した「(拘置を続けることは)相当でないと判断した」では到底この要件を充足していない。本件は前述の如く「故意且つ凶悪」な犯罪である上に犯罪後の改悛の情も全く認められないから、本条の要件には該当しない。唯一考えられるのは、犯人が容疑を認め謝罪し、賠償及び今後再犯は絶対に行わないことを誓約すると共に、中国政府が当人を処罰し、将来とも本件類似行為を取締ることを保障した場合であろうが、それでも事件の重大性に鑑み略式起訴に止める程度ではないか。まして本人も中国政府もそのような素振りは全くなく、正反対の高姿勢を取り続けている。
本来、検察庁は法と証拠に基く判断のみを行うべき官庁で、それ故にこそ高等の独立性が与えられているものである。当然、外交上の配慮等の政治的判断を独自に行う権限はなく、かかる問題は外務省等の政府に委ねるべきものである。法務大臣の指揮権(検察庁法14条)はそのために設けられた規定であり、本件起訴の適、不適の判断は、法務大臣の指揮権に俟つべきものであった。本件の決定に対し沖縄県(9月28日県議会決議)をはじめ国民の多数が反撥していることは、本件が政治判断に委ねられるべきものであったことを如実に示している。
今回の決定はこのように明らかに(その裁量権を逸脱した)違法不当な決定であるから、検察当局の恣意により公訴提起の可否が決せられるという悪例を残したことになり、村木事件の証拠改竄問題と並んで検察の威信と国民の信頼を失墜させたものである。検察庁は、かの大津事件において司法権の独立を護った児島惟謙大審院長の見識と勇気を改めて学ぶべきであろう。
3、 政府は検察庁の決定を尊重したにすぎないと強弁するが、政府に責任はないのか。
(1)検察庁も内閣の一部であり、その定員、予算、人事は内閣の所管に属する。またその権限やその行使の内容(例えば捜査の可視化の問題等)は法律に定められるが、立法は政府及び国会の権限に属する。それ故に、政府は陰に陽に検察に及ぼすことができる。
(2)国民への影響や外交的配慮を行う能力は検察庁にないから、当然政府の説明や意見を徴することになろう。本件についても那覇地検は外務当局の説明を聴取しており、派遣された外務省員が首相、外相、官房長官の意を体して説明したことは官界の常識である。また各種報道においても、官邸の意向が度々検察当局に伝達されていたと云われるが、これまた国家主権や外交に係る問題である以上、当然のことである。
(3)さらに本件は国家の主権に係る重大問題であるから、指揮権発動という正しい方法が執られなかったとしても、政府が最大の責任を負うべきことは当然である。但し、形式上とは云え、検察も自らの責任に於てこの決意を行った以上、その責任を問われるべきは当然である。
4、 然らば政府はその責任を果したのか。
(1) 国家の主権と尊厳を守ることは一国の政府に課せられた最大、最高の責務である。前述の如く、本件は中国の漁船が違法に我が領海に侵入し、そこで犯罪行為を犯すという法秩序破壊行為を行った、という二重の主権侵害行為である。このような法秩序破壊行為を放置して外国の主張に屈伏するということは、神聖な国家主権の放棄であり、一国の政府として許さるべきことではない。
(2) 海上保安庁が犯人を逮捕したことに対し、中国政府は国際常識を逸脱した対応を示してきた。即ち中国は、我が国固有の領土である尖閣諸島を一方的に自国領と主張し、我が巡視船が故意に漁船に衝突したという正反対の事実歪曲報道を内外に流布して自国民を煽動すると共に世界に誤解させようとし、我が国に即時無条件釈放を要求した。さらに報復措置として官民交流の中止や制限、丹羽大使に対する外交儀礼を失した非礼な対応、レアアースの輸出停止や無辜の邦人の拘束等、世界に顰蹙を買う強硬措置を執った。
我が国が犯人釈放措置を採った後でも高姿勢は改まらず、逆に我が国に対し、謝罪と賠償を要求する始末である。近時漸くレアアースの輸出再開や邦人3名の釈放が行われたが、その基本姿勢は全く変化がない。
(3) これに対し、政府は「国内法に基いて粛々と対処すると言明するのみで、中国に対する反論らしい反論も行わず、世界に対して尖閣諸島領有権についての広報や本事件の事実認識(ビデオテープの公開が最善であった)すら周知せしめる努力を怠った。
そして最後に自ら法秩序を否定するという最大の国辱行為まで敢えてしたのである。
(4)国際社会はこれを日本の中国に対する「屈伏」と報道した。特に南支那海において中国の不当な脅迫に曝されているASEAN諸国の失望は大きかったであろう。かくして我が国の国威(最近のロシアの北方領土に対する高姿勢も本件の影響がないとは云えない)は失墜して世界中の軽侮を招き、我が国の国際的地位は著しく低下し、発言力も当然失われることとなった。取返しのつかない大失態であり菅内閣の罪責は永久に消えないと言わねばならない。
5、このような悲しむべき事態を招いた原因は、然しながら現政権のみに在るのではない。自民党政権以来の対アジア外交に遠因がある。特に宮沢談話、後藤田談話、河野談話、村山談話等々に見られる対中、対韓屈従外交が近隣諸国の非礼無法な内政干渉を招いて来たのである。(この意味で、谷垣自民党総裁が「逮捕せずに釈放すべきであった」と述べた失言は、速やかに撤回されなければならない。)昨年民主党政権となってその傾向は一段と強くなり、小沢幹事長の朝貢的訪中、習近平副主席来日時の政府の皇室に対する不敬行為、さらに普天間問題をめぐって日米同盟の亀裂を招いた鳩山首相の反国家行為等々、外国が我が国を軽侮する素地はできていた。菅政権はこれらの反日体質を受け継いだものと云ってよい。
遡って考えれば、米国の日本弱体化占領政策が今なお継続していると云ってよい。その現象は特に教育界に顕著である。
6、さて、今後採るべき方策は何か。
(1) 中国の違法行為の動かぬ証拠であるビデオを内外に公開し、真相を世界に周知させること。同時に尖閣諸島の歴史(領土編入の経緯、戦前までの産業活動、米軍占領時代の状況及び返還の事実等)を内外に周知せしめ我が国固有の領土であることを広報すること、特に中国(清国、中華民国、中華人民共和国)が認めていた事実を周知させること。
(2) 今回の違法行為につき、中国政府に謝罪、賠償、犯人の処罰及び今後かかる違法行為を行わせないよう取締ることを確約させること。
(3) 今後同様又は類似の違法行為があった場合には、断乎として法に基き厳正に対処(処罰)する旨、内外に声明すること。本件に関し沖縄県民は漁民操業の安全につき深刻な危惧を抱いている(沖縄県、石垣市、那覇市各議会決議)ので、これを保障する旨、沖縄県に対し公約すること。
(4) 海上保安庁の巡視船の隻数及び装備を強化して警戒に当たらせること。また海上自衛隊護衛艦にその後衛として援護すべく準備させること。そのための予算を確保し、必要あれば予備費を充当すること。
(5) 速やかに陸上自衛隊を尖閣諸島(魚釣島)及び与那国島に駐屯せしめ、警備に当たらせること。
(6) 法制上の欠陥である領域警備、離島警備に関する立法措置を講ずるとともに、これに携る自衛隊及び海上保安庁の武器使用権限、自衛権発動権限等を明記すべきこと。また集団的自衛権行使を可能ならしめること(憲法解釈の変更)。
(7) 中国の大軍拡や情勢緊迫化に対処して、速やかに防衛費及び海上保安庁経費を質量共に大幅増額すること。
(8) 国民に万一の覚悟を固めさせること。そのためには国防意識を涵養すべく、歴史、地理教育、公民教育を抜本的に改革すること(国防の基本方針参照)。
(9) 有事の際の戦死者及び遺族援護の法制を整備すべきこと。
(10)最後に、国家主権と尊厳の護持は、経済や個人の生命財産に優先すべき最高の価値であり、政府のみならず国民全員がこれに尽す義務があることを政府が声明すること。
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