3月11日の大地震ならびに大津波でお亡くなりになった方々のご冥福を
お祈りするとともに、被災者の方々に心からの御見舞いを申し上げ、
一日も早い復興をお祈り申し上げます。

 
 Ø 尖閣諸島沖合事件に関する緊急提言
 
尖閣諸島沖合における中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件で、中国人船長を処分保留のまま釈放したことは、極めて遺憾な処置であり、軍事力を誇示した中国の恫喝に屈したことは極めて深刻な問題であると考える。
ここに、日本戦略研究フォーラムの会長、理事長を初め政策提言委員の提言及び所見を掲載する。(原文のまま)

尖閣諸島に関わる「力と利益と価値」

1 領土についての一般的論議
 18年前、北部方面総監であった私が、北海道財界の代表者数名と懇談した時のことである。
 「北方4島というのは我々から見ると全く経済的価値のないものなのですが、総監、軍事的価値はあるのでしょうね」「え? あそこには豊かな水産資源があるのでしょう?」「それはありますが、日本に還ってくれば、全国の漁民が一挙に集まってきて、あの資源など2〜3年で枯渇してしまいます。その上、4島に人が住めるようにするために、日本政府も北海道も回収困難な多額の投資をしなければなりません」「そうですか、軍事的価値は大きいと言えますね。あの4島にどちらのレーダーが立つかということだけで、日本のみならず世界の軍事情勢に大きな影響を与えますから」「それなら、やはり返還運動を続けなければなりませんね」…という会話がなされた。
 故高坂正尭京大教授は「各国家は力の体系であり、利益の体系であり、そして価値の体系である」と述べている。
 札幌財界人は北方領土に「利益」はない、と言った。つまり領土とは「力」なのか「利益」なのか「価値」なのか、これを決めずして領土返還の議論を続けることはできないということらしい。
 勿論、高坂教授の言葉にも色々な解釈が在り得るのだろうが、ここでは、「力」とは武力・警察力のこと、「利益」とは経済的利益すなわち金のこと、「価値」とは力・利益に換算できない価値のこと、と一応決めておきたい。そして高坂教授が「国際関係はこの三つのレベルの関係がからみあった複雑な関係である。しかし人々はその一つのレベルにだけ目をそそいできた」と警告していることにも留意しなければなるまい。
 高校教科書では国家の三要素として「国土」と「国民」と「主権」とを分けて教えているが、その場合の「主権」とは何かについては全く説明していない。無論、「国家の絶対的かつ永続的権力」という定義もなく、「立法権」という言葉は他の頁にあるものの、「戦争をする権利」などという言葉はどこにもない。その上「国家の独立」ということについてすら全く説明がないのである。
 そういう教育を受けて育った国民の多くは、「国民(自分)」は別として、「国土」をも「主権」をも理解できないようである。その「国土」は「自分の利益」になるのか、そして「主権」という難しい言葉も結局のところ「自分の利益」になるのか、と直ぐ反問する時代なのである。
 とは言え、一方でこの数年「日本の独立(自由)」を主張する人々が増加していることも確かである。右派の核武装論も、左派の日米安保解消論も、どうやら「日本の独立(自由)」を目したものらしく、その背景には嫌中・嫌米感情があるらしい。それは良いとして、果たして「独立(自由)」というものは他人(他国)を嫌いになることを動機として創られるものなのだろうか。
 とまれ、北方4島・竹島・尖閣諸島の問題が日本にとって「力」「利益」「価値」のどの体系に属するのかを政府は明確にし、国民を納得させなければならないだろう。その上、その諸島がロシア・韓国・中国・台湾にとっては「力」なのか「利益」なのか「価値」なのかを探知し国民に伝えなければならない。
 常識的には各国ともその島々を「価値(主権)」と認識していると思われるが、アラスカを720万ドルで米国に売り渡したロシア帝国の例もある。また国家主権よりも現国民の利益を優先する風潮が日本以外でも芽生えているかも知れないからである。それらの結果に応じた外交政策が必要なのではないか。
 国際政治学者・伊藤憲一氏の講演会で「中国東北部(旧満州)の人口は1億3千万、バイカル湖以東のロシア人口は8百万、いずれ何十年後か何百年後かに中国が東シベリア・沿海州をその版図に納めるかもしれない。その時、日本が中国に力を貸し、北方4島だけは日本のものだよと主張する。その場合以外に北方4島が日本に還ってくることは考えられない」と聞いたことがある。
 つまり、もう一つの重大な問題は、時間・年月ということらしい。現日本人の考え得る「力」「利益」はせいぜい十年そこそこのものである。何十年・何百年を通ずる、不動の「価値」を日本人は維持できるのであろうか。
 1890年に、時の首相・山縣有朋は「主権線のみならず、主権線の安危に密着の関係にある利益線をも守護しなければならない」と演説した。主権線とは現在でいう主権のことであり、国土・国民をも含んだものと理解したい。「主権を護る」ということは「独立を護る」ということであり、国土・国民のみならず、「国家の本質」すなわち「独自の歴史・伝統・文化・名誉」を護ることにほかならない。この「主権・独立を護るための軍隊」は当然のことながら各国独自の軍隊であって、他国軍であることはありえない。では利益線とは何か。これは旧大日本帝国にとっての南満州鉄道のような「経済的利益にかかわる国益」と考えて良い。また、主権線を護るための緩衝空間としての意味もあっただろう。帝国主義消滅にもかかわらず、この利益線防護の考え方もまた現存している。
 日本では今「シーレーン防護」や「中東の平和(石油)維持」が話題になっているが、これらは「新時代の利益線防護」というべきものである。ただ昔とは違い、その利益線を一国で独占することは不可能となった。現代の利益線は常に他国の利益線と重複するので、互いに共同防衛(集団的自衛を含む集団安全保障)で護らざるを得ないのである。前記の島々が、相互の国家にとって、ともに「主権(価値)」問題である場合には、@当面の既成事実の黙認 A戦争覚悟の武力行使 B超長期の年月(情勢変化)待ち、以外に解決策はないといえよう。しかし、どちらかの国家にとってそれが「利益」問題であるならば、取引の余地が全くない、とも言えない。あの島々は夫々に日本にとって何なのか、政府は国民との対話を重ね、リードし、国家意思を確定しなければならない。実はそれ以前に国家意思を確定すべき重大問題がある。それは「目指すべき国家とは何か」という問題である。
 「19世紀までは、国家とは夜警国家のことであった。しかし現代では、国家とは福祉国家のことである」と高校教科書には書いてある。だが、レーガンが減税をしつつ軍備を増強し、サッチャーが厳しい英国病対策を進めながらフォークランド紛争に挑戦したあの1980年代に、「夜警国家から福祉国家へ」という言葉は大きく修正された筈である。にもかかわらず、それから20年も遅れて「小さい政府」・「改革」を言い出し、最近は再び「大きな政府」の声が上がるこの日本においては、当然のように、高校教科書は未だ書き換えられていない。この教科書で育てられた多くの国民には「夜警国家」の意味が全く分からないようである。世界各国では、両者の均衡をとった政治が行われていることを先ず国民に知らせ、「我が国ではこうする」と説得する政治家の出現が望まれる。2当面の尖閣諸島問題  本年97日における日本巡視船と中国漁船の衝突事件は尖閣諸島・久場島沖西北12〜15キロで起きたものである。久場島は日本領土だからこれは領海侵犯なのだが、巡視船は漁業法に基づき、違法操業(密漁)の疑いで取り調べようとして逃走され、追尾したところで衝突され、公務執行妨害で船長を逮捕したという。
 中国側は、尖閣諸島は中国領土なのでその領海内で操業する中国漁船を日本の巡視船が取り締まるのは不法であり、衝突してきたのも日本側、ましてや船長を逮捕するなどもっての外だと言っているらしい。中国のみならず、台湾も尖閣諸島を自国の領土と主張している。しかし、ここには、日本の巡視船が存在するのみで、中国、台湾の官憲は何も存在しなかった。ということは、中国も台湾も尖閣諸島に対する日本の実効支配(既成事実)を暗黙の内に認めていた、と言わざるを得ない。それは日本の巡視船が竹島や北方領土の韓・露の主張する領海内に入らないことと同じである。その後、中国側は丹羽大使を何度も呼び出して抗議をしたり、反日デモをコントロールしつつ実行させたり、ガス田交渉を延期したり、更には「一万人日本旅行の中止」などという外交攻勢をかけてきている。これは、中国軍が最近、強調している「三戦」すなわち「世論戦」「心理戦」「法律戦」そのものである。アーミテージ元米国国務副長官は「中国は日本を試しているのだ」と言っている。日本はこれに負けてはいけない。
 前原外相は「東シナ海に領有権問題は存在しない、国内法にのっとって粛々と処分を行う」と言っており、それで良い。是非それを貫いて欲しい。こうしたことが何回か続いた後に、中国や台湾が武力を行使して尖閣諸島を奪取するかどうか、が次の問題になる。
 既成事実(実効支配)を持つ国に対し既成事実を待たない国が武力攻撃をして領土を奪取することは、第三者的に見て、明らかな侵略である。この事態が生起した時、日本は断固として戦わなければならない。もし、日本が戦わなければ当然国連も米国も動けない。
その時、自衛隊が戦わなくても米軍が守ってくれるという考えもあるかに見えるが、それは間違っている。米軍には日本の領土を自衛隊に先んじて守る責務はない。日中の紛争が戦争になり、互いにその基地を叩き合う事態になった時に、はじめて米軍は日本を支援して参戦できる。クローリー米国務次官補が「日中間の対話によって平和的に解決されることを望む。ただ、日米同盟はアジアの安全保障のための礎石だ」と述べたことをそのように理解すべきである。
 沖縄と佐世保・横須賀等の米軍基地がある限りにおいて、中国が尖閣列島に武力攻撃をかけて来ることは(絶対にないとは言えないが)先ずない。中国には、今のところ米国と戦争をする能力も意志もないからである。最も警戒すべき事態は、中国が非武装(風)の民衆を上陸させ、そこに中国人の生活圏を作り上げてしまうことである。この民衆の生活圏作為を軍隊による侵略と同じだと言うことは難しい。この民衆を攻撃・撃滅して「これは日本の自衛行為だ」とも言いにくい。日本には、その国土内に居る外国人を保護する義務があるのである。そしてこの民衆を保護する名目で中国の官憲が周辺に出現し居すわった場合には既成事実(実効支配)は完全に逆転する。 南シナ海における幾つもの島を中国はこのようにして事実上奪取してきたのだ。これを狙ってのことか、既にこれまでに何度も香港・台湾・中国本土の民衆(風)が尖閣列島に上陸を試みている。海上保安庁がその都度警告して追い返し、上陸しようとした者についてはごぼう抜きに捕まえ強制送還をしてきた。
 こうした事態が続いたあとに予測される大問題は、1隻や2隻の話ではなく、雲霞のごとき船と民衆が上陸しようとやってくることである。その時、武装はしていても「武力行使」の権限を持たない海上保安庁や陸・海・空自衛隊ではとても対応できない。自衛のための武力行使しかできないこれらの組織はこちらを撃ってこない民衆に発砲することが出来ず、結局彼らの上陸を許さざるを得ない。その時、米軍もこの民衆に発砲は出来ず、この島は完全に中国のものになる。同時にこの島の周囲沖合22キロの領海はもとより、沖合370キロの排他的経済水域も中国のものとなる。これは日本にとっての「力」「利益」「価値」全ての喪失である。
 これを防ぐためには実効支配(既成事実)の重みを大きなものにする必要がある。全ての離島に官憲(或いは部隊)を配置するのも良いが、それだけでは不十分である。何よりも重要ことは、海上保安庁と自衛隊に領域警備のための任務とこれに伴う武力行使の権限を付与することである。外国の船や飛行機が領海・領空に近接してきた時には「日本の領海(空)に無断で入ってはいけない。侵入した場合には武力をもって排除する」と警告する。それに従わずさらに侵入した場合には警告射撃をする。ここまでは現法制下でも何とか出来るようになっているが、その後の武力行使は海上保安庁・自衛隊には一切認められていない。実際には、警告射撃実施後、更に相手が侵入する時には断固武力を行使し、相手を撃沈・撃墜・撃滅しなければならない。それでないと警告が警告にならないのである。
 こうした武力行使は国際法で認められている。だから、サハリン上空に侵入した大韓航空機を撃墜したソ連空軍の(アプローチは問題になったものの)武力行使そのものは復仇攻撃を招かなかったのである。この件についてはその後、明白に民航機と認識されるものについては適用しないものとシカゴ条約が改正されたが、民航機以外(戦闘機等)については、なお武力行使が認められている。領海については、それ以前から軍艦を除くあらゆる外国船の無害通航権が認められているのだが、その場合でも「沿岸国の平和、秩序または安全を害しないかぎり」との条件が付されており、沿岸国は無害でない通航を防止するためにその領海内で必要な措置をとることができる、とされている。
58年ジュネーヴ条約・82年国連海洋法条約)
 この国際法で認められた「必要な措置」を許されていないことが、我が国防衛・警備上の最大の問題である。
 民間風の、雲霞のごとき船やヘリコプターが発砲せぬまま接近し、警告射撃をしても我が領域に侵入してくる時には、躊躇なく武力行使をする権限を警備担当部隊に付与しなければならない。このために、憲法改正をする必要はない。どうしても武力行使という言葉を使いたくなければ領域侵犯者鎮圧のための武器使用とすれば良い。それは治安行動における「暴徒鎮圧のための武器使用(自衛隊法90条)と同等に扱うということである。
 この「領域警備法」制定こそ、今、最も優先されるべき問題である。
                                                              22.9.20
本文は、筆者が3年前に『日本戦略研究フォーラム会誌』に掲載した第1項に手を加え、更に第2項を新たに書きおろしたものである。

 領域警備法を早急に制定せよ
 
 9月7日の巡視船・中国漁船衝突は尖閣諸島・久場島沖西北12〜15キロで起きたものである。久場島沖22キロまでは日本の領海だからこれは明白な領海侵犯事案と言えるのだが日本ではそれを取り締まる法律がない。今回は漁業法違反の疑いで取り調べようとして追尾したところで衝突され、公務執行妨害で船長を逮捕したという。
 国際法(82年国連海洋法条約)では、軍艦を除くあらゆる外国船に沿岸国領海内での無害通航権を認めているのだが、その場合でも「沿岸国の平和、秩序または安全を害しないかぎり」との条件が付されており、沿岸国は無害でない通行を防止するためにその領海内で必要な措置をとることができる、とされている。つまり領海侵犯を防止するための法律をつくることは可能なのに日本ではそれをしていない、ということである。
 さて中国・台湾は尖閣諸島を自国の領土と主張しているが、今回、この現場には日本の巡視船が存在するのみで、中国・台湾の官憲は何も存在しなかった。ということは、両国とも尖閣諸島における日本の実効支配(既成事実)を暗黙の内に認めていた、と言わざるを得ない。それは日本の巡視船が竹島や北方領土の、韓・露の主張する領海内に入らないことと同じである。
 しかして、こうしたことが何回か続いた後に、中国や台湾が武力を行使して尖閣諸島を奪取するかどうかが問題になる。
 既成事実(実効支配)を持つ國に対してそれを持たない國が武力攻撃をして領土を奪取することは、第三者的に見て明らかな侵略である。この事態が生起した時、日本は断固として戦わなければならない。もし、日本自身が戦わなければ国連も米国も多分動かないであろう。米軍には日本の領土を自衛隊に先んじて守る責務はない。日中の紛争が戦争に発展して互いにその基地を叩き合う事態になった時に、はじめて米軍は日本を支援して参戦できる。  従って、日本が断固として戦う姿勢を示し、沖縄と佐世保・横須賀等の米軍基地がある限りにおいて、中国が武力攻撃をかけてくることは(絶対にないとは言えないが)先ずない。中国には、今のところ米国と戦争をする能力も意志もないからである。
 もっとも警戒すべき事態は、中国が非武装(風)の民衆を上陸させ、そこに彼らの生活圏を作り上げてしまうことである。これを「軍隊による侵略と同じだ」とは言えないし、この民衆を攻撃・撃滅して「これは日本の自衛行為だ」とも言いにくい。そしてこの民衆を保護する名目で中国の官憲が出現し居すわった場合に、既成事実(実効支配)は完全に逆転する。南シナ海の幾つもの島を中国はこのようにして奪取してきたのだ。尖閣諸島に対するこの種の試みは既に何回か行われているが、今後の問題は、雲霞の如き船と民衆が上陸しようとやってくることである。この時、「撃たれなければ撃てない」海上保安庁や自衛隊ではとても対応できないのである。
 警告をし、警告射撃をし、それでも領海に入ってくる船は即座に撃沈することが必要である。そうでないと警告が警告にならないのである。撃沈することは武力行使であるが、その武力行使を許す領域警備法を国際法に基づいて制定しなければならない。そうしないと、日本はすべての離島とそれに伴う領海・排他的経済水域を失うことになるであろう。 
 領域警備法を制定するのに、憲法改正は不要であるが、どうしても武力行使という言葉を使いたくなければ「領域警備のための武器使用」とすれば良い。それは治安行動における「警護鎮圧のための武器使用」(自衛隊法第90条)と同等に扱うということである。
                                                            以上

 

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