1. はじめに筆者は阪神・淡路震災時の陸上幕僚長であり、現在は公益社団法人・隊友会の理事長である。
それ故、福島原発事故を含む東日本大震災への政府・防衛省・自衛隊の動きについては、特に強い関心をもって見てきたのだが、それだけに「過早に軽率なことは言えない」と、これまで意見発表等を控えてきた。しかしそれとは別に、或る大学で「危機管理」講座を担当している一教員として、特定政党や自衛隊とは直接関わらない範囲内で「危機管理」における「組織トップ」のあり方を述べることは、多分許されるだろうと考え、以下に記すこととした。
2. 危機管理とは
危機管理とは、(1)平時から @危機を予測し A危機発生を予防し B危機発生を警戒しつつ発生した場合の対応を準備して、(2)C危機、即ち非常事態(有事)発生と同時に、準備した計画に基づき、あるいは臨機に対応して、危機を納め D復興をする。という、あらゆる組織にとっての「生き残り」のための一連の行動である。
(1) の平時における準備と(2)の危機発生後の対処行動、に大きく分かれるのだが、平和の続く平時において準備することがより重要なのか、それとも危機発生後の対処行動こそが、危機管理の本質なのか、ということについて、断言できる人は少ない。
無論、その両方が大事なのであって、例えば自衛隊は(1)によって組織・装備・行動計画を整えて危機を抑止しつつ(2)の準備(警戒・情報・訓練を含む)をし、(2)で引き続き訓練をし、その訓練成果を現実の警戒・情報・PKO・災害派遣等各種行動に移している。そして、その訓練・行動がまた(1)の抑止に繋がると信じ、その両者に軽重をつけずに努力しているのである。
災害対策基本法によれば災害対処の計画・実行の責任は国および各地方自治体にあることになっている。国および地方自治体にはそれぞれ警察・消防の人たちがおり、彼らは上記自衛隊と同様に準備し行動していると思われるが、警察・消防を除く、国家・地方公務員の人たちは(1)の計画作成まではやるが、(2)の対処行動実行までは、あまり考えていない。そして、(1)(2)の中間に存在する訓練を年に1回程度実施するが、それは実践(戦)的訓練とはほど遠いものであることが多い。つまり、彼らにとっての危機管理とは(1)の準備だけなのである。その(1)に属する計画も、自ら検討し苦労して作ったものではなく、それを専門とする民間研究所等に丸投げして買い取ったものが多いと聞く。想定もワンパターンで、その想定外のものについては全く触れていないものもあるとのことである。
実際の有事(災害・戦争)というものは想定とは全く違った形で現れることが多い。だから計画を基にしつつ、現実の状況を見て「状況判断」をして、「決断」をし、「計画の臨時修正」をして、対処行動の「実行を命じ」、その実行状況を現場で「確認し」、新たな状況に応じ更に「修正・矯正」をしなければならない。自衛隊ではこのように教育され訓練され、実行されているのである。
国家・地方公務員の人々は「昨年のように今年もやる」「昨日のように今日もやる」という勤務を続けている人が多い。彼らにとって「状況は大きく変わるもの」ではなく、「十年一日の如し」なのだから、彼らに「状況判断」という言葉がないことはやむを得ぬことなのかも知れない。
公務員全員にこの「状況判断」能力を持たせることが過望であるならば、その「状況判断能力」を公務員たちのトップである大臣や各首長方に持って貰うしかない。つまり政治家が状況を判断し、公務員がその判断に従って行動するということで、これこそが真の政治主導ということなのであろう。
(2)の段階で最も重要なことはこの「状況判断」なのだが、同時にトップの「統率力」が問われることを忘れてはいけない。いかに良い「状況判断」(これは時に良き幕僚によって提供されることもある)をしても、それをトップ自らが時宜に適して「決断し」、それを実行する部下(国民・官僚・自衛隊・警察・消防等)に伝え、彼らを「説得し」彼らの心(士気)を一つにし、纏まった行動をさせなければ対処行動の成果は上がらないのである。この「決断力」「説得力」をも含んだ部下への総合的感化力を「統率力」という。
筆者は危機管理の授業においてこの「統率」を重点項目の一つとして教えている。
3. 統率とは何か
古代共和制ローマには「独裁官」(ディクテイター)という仕事があった。外的の侵入や疫病の流行、政治的混乱など、国家の非常事態が発生した場合、権力が分散されているのは非効率なので、ただ一人の「独裁官(通常は軍人)」に強大な権力を与えて事態に対処させたのである。日本の言葉で言えば拙速を尊ぶべき危機(非常時)において、「小田原評定」や「船頭多くして船山に登ること」を避けた訳である。
ただし、その独裁官が無制限に権力を行使しないように、その任期は短期間(通常6ヶ月)としていたところが2千年以上も昔の人々の知恵であった。(かのシーザーは終身独裁官となったために暗殺された)
平時は民主的に部下の意見を聞き根回しをしつつ事を進める現代においても、一旦危機が発生したならば、全ての組織の長(首相や首長や会社の社長そして自衛隊の各級指揮官も)は孤独な独裁者にならざるを得ない。
この独裁者たる「組織の長」は、先に述べたように、危機の状況判断をして「決断」をしなければならないのだが、如何に良い決心をしても、その時、組織員(国民や社員や部下)がその決心に従い、行動し、働かなければ危機管理は出来ない。
組織員(部下)にその行動をとらせる指揮官(首相・首長・社長)の感化を統率といい、その力を統率力という。
統率力は一般に、指揮官の「人格」と「能力」によって構成される。「人格」と「能力」のどちらに比重をかけるかは人によって違うが、少なくとも片方が0という人には統率は出来ない。
統率の結果として現れるものは部下からの指揮官に対する「信頼」である。「信」とは「人の言葉」即ち「嘘を言わない人」である指揮官の「人格」を表し、「頼」とは部下が、その指揮官の「力を頼りにすること」即ち指揮官の能力を意味する。
平時においても統率力は大切だが、緊急時においてはその重要性が急速に拡大する。
危機は迅速に変化し、それが組織員および組織そのものの「命」に関わるからである。また、緊急時における指揮官の統率力は平時から(指揮官と部下の間で)培われていることが望ましいが、緊急時に急遽発揮さるべき統率力こそが特に必要とされる。
つまり、非常時に指揮官は君子豹変してでも統率力を発揮しなければならないのである。 フランクリン・ルーズベルトは「絶対に戦争はしない」と約束して大統領に当選した(1935年)が、それは時代遅れだと認識した1937年に急遽豹変し「侵略国ドイツと日本を世界から隔離する」と宣言した。爾後、彼はラジオの炉辺談話で戦争参加反対の国民を説得し更に日本を挑発し米国を世界戦争に巻き込んでいった。この結果が、景気の悪化、ニューディールの不人気、労働争議等の危機から米国を救い、その国を世界一の大国に変貌させた事実を否定できる者はいない。日本人にとってはにっくき米国大統領だが、偉大な政治家であった。戦争終結を模索する日本の鈴木貫太郎内閣は、1945年4月に「偉大な大統領を失ったアメリカ国民に、深い哀悼の意を送るものであります」と短波放送で、ルーズベルトの死を悼む声明を発表したのである。
統率の目的は組織全体の行動を一つに纏めることであり、それは、指揮官と部下が同じ使命感を共有することである。小さな組織の場合は「指揮官が何も言わず、自身の行動とその背中で部下にそれを示す」ということもあるが、大きな組織の指揮官にとっては何と言っても「言葉」が大事である。「炉辺談話」のような国民への直接の「説得」がなければ国家的危機における統率は出来ない。
4. 菅首相は惜しい機会を失った
3月上旬において、菅首相の政治生命は「今月一杯か」と言われていた。3月11日に発生した東日本地震・津波と原発事故は幸か不幸かその政治生命を長らえさせた。総理大臣を交代させる時間など全く無くなってしまったのである。
今回の大災害は正に「千年に一度」のものなので、この危機管理を「十年一日の如き」官僚の発想で遂行できるものではない。否応なく菅首相は「独裁官」を引き受けざるを得なかった。「被災者救援と日本復興のため、命がけでやる」と言ったのは当然である。しかし、市民政治家を標榜する本人に「ここで独裁官を引き受ける」という覚悟があったとは思えない。
第一に、独裁官は自ら「状況判断」をして「決断」をしなければならない。「皆さんの意見を広くお聞きして」等と言っている暇はない。今や衆知を集める時ではなく、衆力に恃む時なのである。
無論、専門的な事柄については少数の専門的補佐者の意見を聞く必要がある。共和制ローマの独裁官は補佐役として騎兵長官を独断で任命することができた。そして戦場では主力である歩兵を独裁官自身が指揮し、特殊技術を要する騎兵の指揮は騎兵長官に委せたという。それは、第2次大戦における英国首相チャーチルが自ら士官学校出身者であるにも拘わらず、軍事については全てアランブルック参謀総長に相談し、軍の指揮運用については委せていたことにも通じる。
しかしながら、そういった専門的補佐者の数は少ない方が良い。多いと責任が分散し力も分散してしまうからである。無論、最終責任は自分一人が担うのだから、あくまでも全般にわたる状況判断は自ら実施し、自ら大方針を定めるべきであった。
第二にその大方針を自らの言葉で国民(部下)に語らなければならない。
「命がけでやる」のは良いとして、「何をやるのか」を自らの言葉で語るべきだったのである。そして、国民(部下)の同意と信頼を得てその具体的実行を命じそれを監督するのが独裁官の任めである。無論、100%の同意と信頼を得ることは至難だが、そこに、国民(部下)を引きずりこむぐらいの気力をもって事にあたって欲しかった。
第三に、大方針決定までの過程と命令・実行・監督の過程を明確に区分することが必要である。現代では専門的補佐者に学者がなることが多い。それはそれで良いとして、それはあくまでも「シンクタンク」としての機能を果たすに過ぎず、具体的な命令・実行・監督はその能力・権限を持つ官僚機構(自衛隊等を含む)を総合的に活用しなければ完遂出来ない。今般、「NSC(国家安全保障室)があれば」という話も出たが、NSCがあったとて、緊急事態管理庁(FEMA)やそれを包含する国土安全保障省のようなものがなければ意味がないということである。「司令塔が見えない」と言われたのは正にこのことなのであり、何も米国と同じ組織を作る必要もないが、「頭脳」の役割と「神経」「筋肉」の役割とを明確に分けて示す必要があったと反省される。
第四に自らの任期の終わりを明確に示すことが必要であった。運良く生き長らえた政治生命である。共和制ローマの独裁官のように、6ヶ月とか長くとも1年で辞めると宣言すべきであった。只でさえ疑いの目を向けられる独裁者なのだから「自分は命がけでやる。本当に無私なのだ」ということを証明しなければいけないのである。
最後に蛇足ながら「大方針」に含めるべきであった内容について述べたい。
何よりも財政のことである。「復旧・復興」のために莫大な財源を要することは素人である我々にも分かることである。そのため、国債発行や増税といったことも当然あるのだろうが、これまで民主党が主張してきた「内需拡大のための、子供手当・農家所得保障・高速料金値下げ」等のマニフェストに意味がなくなったことは明白である。
東日本復興のための巨大な投資だけで内需拡大は十二分なのだから、むしろ今の日本では「如何に外需拡大に努めるか」が問題の筈である。
菅首相は「民主党のこれまでのマニフェストは全て撤回して、財政出動は被災地復興に集中する。もし、民主党内にこれに反対する者がいるのなら私が民主党をぶっ壊す」と小泉流に宣言すべきであった。そうすれば、与党内は自ずとまとまり、野党も大連立を自ら申し込んできたのではないだろうか。
菅首相自身はこれに一切触れず、「民主党内で、今秋以降のこども手当廃止を検討」というニュースが小さく流されたのは震災発生後1ヶ月を過ぎてのことであった。
その他、@中央集権と地方分権の均衡 A原発の安全追求か完全廃止か(CO2の環境問題やエネルギー確保に絡み)B国民の国際感覚の向上と諸外国に対する積極的
情報発信の問題 C我が国における農業・漁業のあり方とTPP問題 D複合災害(天災・戦争等)が生起した場合への緊急対応 E憲法改正の問題 F軍事力の増強等々、今直ぐに決定するにはあまりにも難しい問題が山積しているが、何れも早晩この2〜3年内には、その方向を決定すべきものである。
多少不十分でも良いから首相として「私はこう考える」ということを、この機会に率直に国民に吐露すべきであった。どうしても分からないことは「私が辞めた後、何年内には決めなければならない。国民の皆さんも真剣に考えてくれ」と言って欲しかった。
5. 独裁官になる者はいるのか
これまで述べてきた独裁官として為すべきことを菅首相は殆ど実行して来なかった。「ピンチはチャンス」であった筈なのに惜しくも「チャンス」を失してきたのである。
この4月中旬に入って与野党から「菅退陣論」が出始めたという。あるTV番組の解説者は「菅さんが駄目なことは分かっているが、今そんなことを言う時機ではない」と言っていた。理由は「変わったら良くなるとは思えないからだ」ということであった。
要するに「未だ非常時(危機)であり独裁官が必要な時なのに、菅氏以外にも独裁官になれる人が一人もいない」ということであろう。独裁官になれる人が他にいないのなら、菅首相に遅まきながらも今からより統率力ある独裁官になってもらわなければならない。
「菅さんではどうしても駄目だ」というのなら、与野党を問わず「俺を独裁官にしてくれ、俺はこうする」と手を挙げる人を期待したい。勿論、そういう人は危険な人だから共和制ローマの独裁官同様、6ヶ月〜1年の期限付きにして貰わなければならない。しかし、本当に彼が国民の期待に応えたならば、国民は連投を要求するかも知れない。その時こそ国民の良識が真に問われるのである。
以上(4月16日記)
|