東日本大地震で米軍が展開した大規模な救援活動「トモダチ作戦」を通じて、日本人は真の友達とはどこの国かを悟っただろう。皮肉なことにこの友達に助けられた民主党政権はかつて「反米」を主張する意思が基調となっていた党だ。
だからこそ政権を執るや否や鳩山由紀夫氏は日中韓の「東アジア共同体」構想をぶち上げ、日米の基軸外交を捨てようとした。日米関係の悪化に比例して支持率を下げ、ついに退陣に追い込まれた。菅直人氏と小沢一郎氏は代表選挙を争ったが、小沢氏も米軍のプレゼンスは「第7艦隊だけで十分」というものだった。もし小沢氏が勝っていたら今回の「トモダチ作戦」は行わなかったかもしれない。
米海兵隊遠征部隊は大震災発生時、マレーシアで災害復旧訓練中だったが、急遽、強襲揚陸艦を気仙沼市の離島・大島に急行させ、孤立した住民に食料を供給、瓦礫の除去、電気の復旧をやってのけた。米空軍の特殊戦術飛行中隊は瓦礫に埋め尽くされた仙台空港近くにパラシュート降下し、復旧の突破口を開いた。この特殊部隊が基地とする嘉手納では「特殊部隊は日本の防衛と関係ないから撤退せよ」と決議する町議会もあった。
自衛隊10万人の活躍も凄まじかった。阪神・淡路大震災の時には村山首相も
貝原兵庫県知事も自衛隊の出動を要請せず、6千数百人の死者のうち半分は「村山・貝原のせい」で焼死したと云われた。その教訓もあって今回の「10万人出動」は正しい判断だった。
日米両軍合わさった幹線道路の開通、瓦礫の処理のスピードは早かった。道路開通と共に民間企業は復興に立ち上がり、その早さは驚異的だった。半壊に近い工場を1ヶ月足らずで、一部にせよ再操業させる中小企業主の執念には頭が下がった。インタビューを聞いていると、「ここが動かないとA企業が困り、Aが困るとBが困る」と言う。人の為に自分があると信じる生き方、考え方なのだ。人の喜びを自分の喜びとするのは武士道の精神なのだろう。
こうした軍や民間のスピードに比べて、最も鈍かったのは菅首相と官僚機構だ。今回の大震災は起こったその瞬間から、津波・地震災害と原発事故処理の2つの問題にすっぱり分けて対応するべきだった。前者は被災者の避難場所の確保と食料供給、そのための幹線道路の復旧である。後者はまず、正確で解り易い情報の公開である。食い違った情報が流れると不安を増殖させる。不安を与えまいと隠すと、不安は増幅される。歴史家の秦郁彦氏が産経新聞に「原発処理、もう米国に頼みたい」と東電や政府に見切りをつけた論を書いていたが、卓談だ。
経産省の原子力安全保安院と東電と原子力委員会は所詮「原子力ムラ」の同じ穴のムジナだ。しかも経産省のエネルギー庁長官がこれまで3代も東電の副社長に天下っている。こういう関係で役所が民間企業を監視、監督できるわけがない。だからこそ昔から天下りや渡り反対が叫ばれてきたのだ。さすがに枝野官房長官がエネルギー庁長官や経産省幹部が東電に天下っていることを非難したが、天下りは全部悪いのである。だからこそ天下りしないで済む公務員制度を構築しなければならないのだ。
今回の事件は日米安保条約の意味を国民に知らしめた。日米関係は単なる軍事だけでなく、民生を含めて相互秩序の深い関係にあることを示した。
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