3月11日の大地震ならびに大津波でお亡くなりになった方々のご冥福を
お祈りするとともに、被災者の方々に心からの御見舞いを申し上げ、
一日も早い復興をお祈り申し上げます。

「危機を迎える朝鮮半島」 

政策提言委員・元陸自西方幕僚長
  福山 隆

● 金正日の死亡
 昨年12月19日、朝鮮中央通信は、北朝鮮の最高指導者で国防委員会委員長の金正日総書記=朝鮮人民軍最高司令官=が17日、現地指導に向かう列車の中で急性心筋梗塞により死去したと報じ、その衝撃波が世界を揺るがせた。金正日の死去を受け、外国為替市場で韓国の通貨ウォンが急落したほか、韓国は直ちに緊急警戒態勢を宣言した。インパクトの大きさを物語るものである。
 金正日は“現人神”のような存在であり、強力な独裁体制を構築していました。金正日の死により、北朝鮮は独裁体制の支柱を失った。後継者となる三男、金正恩は、後継準備期間が約1年程度で、父の準備期間20年余に比べ、著しく不十分で、統治体制確立には疑問符が付くと見る向きが多い。
 
● 朝鮮半島の地政学
 朝鮮半島は、地政学的に見れば、ユーラシア大陸に出現する大陸の超大国家と太平洋に出現する超大海洋国家のせめぎ合いの場である。現在、朝鮮半島は大陸国家の両雄である中国・ロシアと海洋国家の雄である米国の覇権争いの場となっている。
 ロシアと中国にとって朝鮮半島は、日本を経て太平洋に進出する足がかりになる。一方、米国にとっては東アジアに進出する足がかりの1つでもある。従って、朝鮮半島は、米国、中国、ロシアのいずれにとっても、国益や安全保障戦略上極めて重要な価値があるということである。それゆえ朝鮮半島は、大陸国家と海洋国家の「角逐の地」になるわけだ。
 朝鮮半島の地政学はこれだけではない。もう1つの地政学、それは、半島がユーラシア大陸の両雄であるロシアと中国の両超大国に陸接していることに由来する。
 ロシアと中国は現在仲良くしているように見えるが、実は戦略的には永遠のライバルである。ロシアか中国の一方が、朝鮮半島を自国の影響下に置けば、その国は、北東アジア正面で圧倒的に有利な戦略態勢を確立することになろう。従って、中国とロシアはともに、朝鮮半島における互いの動向には極めて敏感である。朝鮮半島は、ユーラシア大陸の2大大陸国家の「角逐の地」でもあるわけだ。

● 今後の展開の注目点
(1)中国の動向
 急速な経済成長を背景に中国の軍事力の台頭は著しい。一方、米国はイラクからは撤兵したものの、依然アフガニスタンにおける戦いで手一杯の状態だ。このような事情から、朝鮮半島問題のイニシアチブは中国が握る可能性が高いと思われる。

(2)中国による金正男カードの活用
 北朝鮮(金正恩)に対する外交カードとして、長男の金正男を活用することが想定される。中国は、金正日に手を焼いてきた。金正日は中国の改革開放路線の受け入れを拒み、核ミサイル開発を促進し、瀬戸際外交に走った。中国の経済発展をぶち壊しかねない金正日は許し難く、我慢の限界だったのではないか。
 このような理由で、中国は、金正日の死を絶好のチャンスと捉え、北朝鮮に改革解放路線の受け入れを迫るものと思われる。北朝鮮に路線変更を迫るためには、金正日の後継問題に関与(内政干渉)し、改革解放を実行できる人物・体制に替える必要がある。そこで中国がこれまで温存してきた、金正男カードが登場するわけである。
 金正男は、昨年末現在、マカオにいると言われている。中国の庇護の下、長期間滞在し改革解放を現場で学び、中国要路との太いパイプを構築したことは間違いないだろう。ロイヤルファミリーの後継者候補の中で、正男こそが、北朝鮮に対し路線変更させ得る唯一の「玉」だと中国は考えている。金正男を後継者に据える事ができれば、中国は金日成・正日父子時代に比べ、はるかに北朝鮮をコントロールできる立場に立つことができる。

(3)摂政政治による内部権力闘争の「芽」
 年も若く、経験不十分な金正恩に対して、当面、金正日の妹の金敬姫(キム・ギョンヒ)とその夫の張成沢(チャン・ソンテク)が摂政政治をやる可能性が高いと思われる。
 筆者は、金敬姫が内部権力闘争の「芽」になる可能性があると見ている。東洋の諺に「雌鳥(めんどり)が鳴けば家が滅ぶ」という諺がある。兄の金正日が健在な間は権勢を誇れた金敬姫(雌鳥)も、兄亡き後は、完全に後ろ盾を失う。
 しかし、“雌鳥”はその事に気付かず、「兄」が生きていた時と同じように虚勢を張って自己主張することだろう。それが北朝鮮動乱・内部権力闘争の「芽」になる可能性があると思う。
 “雌鳥”の前例としては、李氏朝鮮の第26代王・高宗の妃だった閔妃(ミンピ 1851 - 1895年)がいる。閔妃は、国王の正室として、国王に代わって権勢を振る舞った。その結果、縁故主義と汚職、そして義父興宣大院君との20年以上にわたる権力闘争により政局は混乱し、その挙句、乙未事変で暗殺された。
 北朝鮮内部の権力闘争については、次のようなシナリオが考えられるが、いずれのシナリオにも中国と金敬姫・張成沢夫妻が大きく関わるだろう。
シナリオ1:金敬姫・張成沢組と軍部の対立
シナリオ2:軍部内の対立
シナリオ3:金敬姫と張成沢の夫婦喧嘩、決裂

● 金正日が死亡し、内部崩壊した場合の米・中・韓の対応
 (1)韓国

 韓国にとっては、北朝鮮の内部崩壊は、千載一遇の統一のチャンスではあるが、統一となれば「北と心中」しかねないほどの経済的負荷・リスク(数百兆円規模)を背負い込むことになろう。また、米中ロの同意・了解を取り付けるのも至難な事だ。
 統一のために北進する場合、韓国は、米国の力を頼りにするだろう。
 このための軍事計画としては、米韓連合作戦計画(OPLAN:5028作戦計画(偶発自体計画)や5029計画(内部崩壊対応計画))を策定済みである。しかし、これを発動し「北進」することを、中国は決して容認せず、中国の反対を無視した場合は戦争になる可能性がある。

(2)米国
 当面、イラク、イラン、アフガニスタンなどで手一杯で、朝鮮半島での動乱は極力回避し、受動的対応をするだろう。北が内部崩壊した場合、米国は「現状維持」「現在の権益確保」を目標とすると思う。従って、「米国は非武装地帯(DMZ)以北に進出をしない代わりに、中国も中朝国境を越えない」という合意を追求するものと思われる。
 北朝鮮が内部崩壊した場合は、以上のような立場で、直ちに北京とワシントン(G2)で韓国の頭越しに、事態収拾の枠組みの確立を急ぐだろう。
 最悪のシナリオとして、中国の介入があれば米国もやむを得ず北進し、米中対決――第2次朝鮮戦争――に発展するリスクもゼロとは言えまい。
 北朝鮮の混乱の中での「核拡散」防止(北の核が国際テロ組織のみならず韓国の手に渡ることも絶対阻止)の目的で、沖縄の海兵隊などを空中機動(ヘリ、落下傘)により、寧辺(ヨンビョン)などの核関連施設に投入し、所要の作戦を実施すると考えられる。

(3)中国の基本スタンス
 現下の経済発展を損なう朝鮮半島有事は絶対に許容できないというのが基本スタンスだ。北が内部崩壊した場合、米国と同様中国も一応「現状維持」「現在の権益確保」を目標とするだろう。
 ただ、冷戦時代と違い経済・軍事力の発展著しい中国は、米国よりも野心的で、「現状維持」「現在の権益確保」は最下限の目標であり、努めて有利な朝鮮半島支配体制構築を目論むものと思われる。この際、事態収拾に当たっては、中国が主導権を握る可能性が大きい。
 最悪の場合も、中国は、韓国による吸収統一は許さず、中国が後ろ盾となる新たな北朝鮮政権の樹立を目指すと思われる。そして、中国と同様に改革開放路線の実行を強要し、事実上中国の支配下に組む込む事を目指すと思われる。

(4)中国の軍事介入準備
 中国は相次いで北朝鮮に経済投資を行ってきた。中国丹東市と北朝鮮新義州市を結ぶ橋の新設、中国琿春市と北朝鮮羅先特別市を結ぶ橋の改修・建設や道路整備などだ。これらの一見経済インフラの整備のような協力は、実は軍事介入時の準備の一環と見ることもできる。
 また、北朝鮮が平壌や開城などを外資に開放した際、中国企業が参入しておりますが、これは、北朝鮮で内乱や体制崩壊などに陥った場合、中国の権益保護の名目・大儀で軍事介入できるような条件作りと見ることもできます。中朝友好協力相互援助条約だけでは、人民解放軍を北朝鮮国内に投入する大義名分が乏しいと考えているのではないでしょうか。 
 なお、なお、中国琿春市と北朝鮮羅先特別市を結ぶ橋の改修・建設や道路整備については、ロシアへの対抗策と筆者は見ております。即ち、中国が整備しているルートは、ロシアの北朝鮮侵入経路と重なり、ロシアの先手を打って橋の改修・建設や道路整備を行うことは、ロシアの北朝鮮進出を牽制する狙いを持っているものと考えらます。

6者協議を利用したソフトランディングの模索
 「ポスト金正日=金正恩政権」への平和的・円滑な移行は米中ロや日韓はもとより、世界規模で見ても重要な課題である。
 「ポスト金正日=金正恩政権」への平和的・円滑な移行の実行に向けては、米中がその中心的役割を果たすだろうが、米中二国だけではバランス不足である。そこで、北朝鮮の核開発問題解決のための協議機関である6者協議を国際的な「ポスト金正日=金正恩政権」への平和的・円滑な移行に向けた調整の枠組みとして活用する方策が考えられる。勿論、6者協議に加え国連が関与するのは当然のことである。

● 結び
 一衣帯水の朝鮮半島におけるカタストロフィは我が国にとって耐え難いインパクトをもたらすことを肝に銘じなければならない。その上で、日本のみでなし得る安全保障上の措置と日米、6カ国、国連などを通じた国際協力により朝鮮半島のカタストロフィを最小限に押さえ込む努力が肝要だ。

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