理事・政治評論家
 屋山太郎



  

もうこれ以上壊すものはない
―小沢一郎 妻からの離縁状―

 「週刊文春」が6月21日号で報じた「小沢一郎 妻からの『離縁状』」というスクープは政界を震撼させた。小沢氏の愛人や隠し子については既に報じられていたが、今回の夫人から岩手の後援者らに送られた手紙は、新たな小沢像を国民に知らしめた。
 夫人によると昨年の東日本大震災の折、小沢氏は放射能汚染を恐れて関西に逃げていたというのだ。それまで女性関係には「小沢が政治家として日本の為に役立つかもしれない」と思って耐えてきた。ところが3月11日以降の「小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました」とその根拠となる小沢氏の行動の数々を記している。一読して、小沢という男は、これほど度胸がなく、卑怯な男だったのかと驚く。
 小沢氏は極端に無口で、説明をしない古いタイプの政治家だと思ってきたが、それだけなら側近が次々に去る説明にならない。ひとたび小沢から離れた人達は「小沢」を話題にするのも嫌がるのが常だ。夫人の手紙を読んで、この男は恐ろしいほどの狄善で、人に対する優しさが欠落しているからだと納得した。
 文春のスクープを見て読売新聞も独自ルートから夫人の後援者への手紙(10人ほどに送ったらしい)を6月23日付朝刊トップで報じた。普通、大新聞はカネと女の話は書かない。カネはともかく女の話は裏も表もあって誰もどっちが正しいと確認できないからだ。その大新聞が週刊誌のスクープを追いかけたのは日本のマスコミ史上、初の事件ではないか。
 立花隆氏が月刊「文芸春秋」に「田中角栄研究―その金脈と人脈」を書いたのは74年11月号(10月10日発売)だった。衝撃的内容だったが、新聞もテレビも、この恐るべき疑惑に沈黙を守り続けた。この奇妙なタブーが破られたのは10月22日に外国人記者クラブが行った田中角栄氏を招いた懇談会だった。外人記者たちが金脈についてコメントを求めたのがきっかけで、田中金脈報道がマスコミを埋め尽くした。
 読売が敢て小沢夫人の手紙を追いかけたのは、ニュースなら誰が追いかけても構わないとこれまでのタブーを意図的に破ったのか。或いは政界に重きを為すこの人物の本質を報じなければならないと思ったのか。
 小沢氏はもともと3党合意に反対していたが、新党結成をぶち上げたのは21日。週刊誌の報道を受けて無視できないと判断したに違いない。記事に対する反撃は新党結成しかないと超強気に出てきたのではないか。
 小沢氏は“子分達”を集めて「自分は何のために政治家になったのか。自分で判断して貰いたい」と檄を飛ばした。一方で、自らの行動について夫人から「国のためにも岩手のためにもならない。害になる」と言われているのだ。小沢氏は「増税の前にやることがある」というが、何をやれといったことがあるのか。また新党を創って何をすると語ったことがあるのか。理想を実現する手立てを説かず、ひたすら現実を壊してきたのが小沢氏だ。

                                                                                                                                           (6月27日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
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