理事・政治評論家
 屋山太郎



  

「野田政権の手腕とは」

 野田政権が静かに滑り出した感じである。鳩山由紀夫・菅直人という2代の内閣で民主党への期待は霧消し、政党支持率でも自民党にひっくり返された。なぜ失敗したのかと云えば、鳩・菅両氏とも独善、思いつきの政策を発出しすぎた。鳩山氏の普天間飛行場の移転先は「少なくとも県外」との発言や、菅氏の「脱原発」発言は国家の安全保障やエネルギー政策の根幹をなす。その基本問題を誰に相談するでもなく、根拠も明らかにせず言明するのは「ペテン師」に近い。
 国民がペテン師に呆れたのは当然だが、そのあとを受けた野田政権が、一転して国民に受け入れられているようなのはなぜか。
 第1に官僚との仲を回復したことだろう。鳩・菅内閣では「脱官僚」を勘違いして、官僚を遠ざける風潮が強かった。これではいい政策が出てくるわけがない。官僚が持つ知恵と資料をふんだ人に使ってこそ、いい政策ができる。自民党時代は政治家が官僚の背中におぶさって、官僚の言いなりになっていた。その証拠が4500とも言われる天下り法人の存在だ。民主党がこれを「根絶する」と言ったからこそ、国民は民主党を支持したのである。
 野田首相はまず政治と官僚が疎遠になった関係を元通りに戻した。それには官僚中の官僚である財務省路線に乗るのが手っ取り早い。野田内閣が「財務省内閣」と言われる所以だ。
 野田氏は自らの保守思想も封印して、「靖国神社には参拝しない」と問題になりそうな発言は一切控えている。今は鳩菅が乱暴狼藉を働いたお座敷を、取り敢えず元に戻そうと考えているのだろう。天下り根絶や公務員制度改革の問題は「今は深堀しない」態度だが、今後も手を付けないというのなら、国民が民主党を選んだ意味はなくなる。
 第2は野田氏が「派閥均衡内閣」に徹したことだろう。小沢氏をめぐって党内を二分した争いを「ノーサイドにしましょうよ」と述べて、幹事長に小沢氏の盟友と言われる輿石東氏を持ってきた。この奇想天外の人事が党内を押し黙らせた。続いて党規違反の議員、1年生議員まで含めて、党、議会に配置した。この人事で、文句があっても言うに言えない雰囲気が党内に漂っている。その代わりというべきか、外相、財務相、防衛省など重要閣僚も含めて素人ばかりだ。輿石幹事長や平野博文国対委員長が「臨時国会は4日間」で固執したのは10月末までを“勉強期間”にしたかったからだ。
 野田首相が第3に着手したのは、政調を復活して政策はすべて「政府・民主三役会議」で決定するという政策決定の仕組みを明確にしたことだろう。政調を廃止したのは族議員の輩出を防ぐという狙いだったが、議員が政策作成の過程から除かれるというのでは、本末転倒である。「結局、自民党とほぼ同じ」になったわけだが、民意に疎くなっては政党は存続し得ない。業界と癒着するかどうかは常識問題だ。
 輿石氏が旧社会党、山梨日教組の委員長であったキャリアからみて、民主党が左傾化したとみる見方があるが、これは間違いだ。
 輿石氏の組織をまとめるモットーは「顔合わせ、心合わせ、力合わせ」というもの。民主党に欠けているのは「心合わせ」と「力合わせ」だという認識だ。小沢処分は組織として決めたものだから、すぐに解除はしない。一方で「心合わせ」するためには引っ込みのつかない発言をしては困る。「石のカーテン」と呼ばれる箝口令を敷いたのもそのためだろう。
                 
                                                                                                                                     (9月21日付静岡新聞『論壇』より転載)
 
 Ø 掲載論文  
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