オバマ大統領のミャンマー訪問

理事・元駐ミャンマー大使  山口洋一

 11月19日、オバマ大統領はアメリカの大統領として初めてミャンマーを訪問し、テイン・セイン大統領との会談において、今後2年間にわたり1億7千万ドルの援助供与を表明した。最後の制裁措置だったミャンマー製品の輸入も原則解禁し、これまで「ビルマ」と呼んでいたこの国の国名も「ミャンマー」に改めた。
  タン・シュエ議長の軍事政権当時には、厳しい制裁を科して締め付け一本槍の政策を続け、ミャンマー・バッシングの急先鋒だったアメリカが何と変わり身の早いことか。
  昨年4月に民政移管を果たし、テイン・セイン大統領の新体制になった当初は、まだ欧米各国は「依然として軍が政権にしがみついている、まやかしの民政移管だ」と非難を続けていた。
  しかしその後、この国の変貌ぶりは瞠目すべきスピードで進展しており、今や予想もできなかった程、好ましい方向への改革を実施している。複数政党制の連邦議会を中心とした政治体制の抜本的刷新、検閲の完全廃止による言論の自由の実現、労働組合結成の解禁、経済面での規制緩和、政治犯を含む多数の収監者の恩赦による釈放、等々、矢継ぎ早に打ち出された政策は世界の注目を集め、2014年にはASEANの議長国になることも本決まりとなった。
  ここにきて流石のアメリカも、軍事政権非難に徹してきたこれまでの政策の誤りにようやく気づき、ミャンマー政策の舵取りを転換したのである。ヨーロッパ各国もアメリカと歩調を合わせて、ミャンマー政策を軌道修正している。

  従来、欧米諸国は、民主化運動のヒロインであるアウン・サン・スー・チー女史が率いるNLD(国民民主連盟)を「善玉」として支援する一方、軍事政権と言うだけでミャンマー政府を「悪玉」と決めつけ、ハッシングしてきたのである。ところが軍事政権は、彼らなりに自国に合ったやり方で国造りの努力を払い、現在の状況を実現した。
  冷戦に勝利した西側自由世界の欧米諸国は、自分たちが奉じてきた自由、平等、人権尊重、市場経済原理といった基本理念こそ「正義」であり「善」であるとの確信を抱き、これを遍(あまね)く世界に広めねばならず、それを拒むアジアやアフリカの国は力ずくで懲らしめてでも、この理念を採用させるとの「思い込み」に陥ってきた。
 しかしアジアやアフリカの国々は、それぞれ独自の歴史的、文化的、社会的背景に置かれており、欧米とは異なる状況にある。そうした中で、各国とも自国に合った形で国造りを進めているのであって、欧米の理念おしつけは有難迷惑の余計なお節介にしかならない。
  ミャンマーの場合、民主主義を直ちに完全な形で実施しろという欧米の言い分をそのまま実行しても、うまく機能しないばかりか、かえって混乱に陥ることを、過去の苦い経験からも熟知している。民主主義をうまく機能させるには、治安が確保され、少なくとも国民が餓死しない程度の経済の営みも行われ、国民の教育水準や国家意識が一応のレベルに達しているといった前提条件が満たされていなければならない。ただ闇雲に形だけ民主制度を実施してみても、うまく行く道理がない。そこで彼らは、まず軍がある程度政治に関与し、民主的制度を円滑に機能させた上で、やがて国民がこの制度に馴染んで、十分成熟した段階で、憲法を改正して完全な民主主義に移行するという構想で国造りに取り組んできたのである。現在の体制はこの中間段階の民主主義であり、この段階を彼らは「規律ある民主主義」(disciplined democracy)と呼んでいる。
 国際社会は彼らのこうした思いに、もっと理解を示すべきであり、パッシング一辺倒の内政干渉は有難迷惑にしかならない。欧米もようやくこの誤りに気づき、ミャンマー政策のギア・チェンジに踏み切ったのである。
 遅きに失したとは言え、欧米がミャンマー政策を転換して、正常な関係を結ぶようになったのは歓迎すべきことであり、これを追い風にして、この国が今後急成長して行くことは間違いない。日本も欧米に先駆けて、ミャンマーを支援する姿勢を打ち出し、11月19日のASEAN関連の首脳会議で、野田首相は今年度中に500億円の円借款供与を表明した。
 他方、従来行われてきた欧米による締め付けの中で、背に腹は変えられず、やむなく近しい間柄にあった中国との関係は、今後ある程度後退することが必至と思われる。
   

ホームへ戻る