矛盾に満ちた中国の軍事戦略
政策提言委員・FSI安全保障研究所長  渡部悦和

 中国がフィリピンなどと領有権を争っている南シナ海で大規模かつ急速な埋め立て(人工島の建設)を行っている。

 米国は、この件に関しジョー・バイデン副大統領、アシュトン・カーター国防長官などの高官が懸念を示すとともに、米軍は艦船や哨戒機による人工島建設現場周辺のISR(情報・監視・偵察)を行っている。

 中国によるスプラトリー(南沙)諸島における人工島の建設は、中国が多用するサラミ・スライス戦術(salami- slicing tactics) *1の一環である。中国は領土問題において、非軍事的な手段を使い権益を徐々に拡大し、最終的な目的を達成する戦術を採用している。

 日本、米国などの諸国は、中国のサラミ・スライス戦術に対して絶対に守るべき一線つまりレッドラインを決めていないので、中国の巧妙な戦術に適切に対抗することが難しいのである。

 今回の中国の実力行使に対し何の対抗処置を講じないならば、中国の無法な行動を黙認してしまうことになる。覇権主義的な傾向を強める中国にいかに対処するかが今こそ問われている。

 南シナ海における人工島建設の背景には中国の戦略が存在する。中国は、5月26日、「中国の軍事戦略(China’s Military Strategy)」を絶妙なタイミングで発表した。

 従来は2年ごとに国防白書が発表されてきたが、今回は軍事戦略のみに焦点を当てた新たな形で発表された。結論的に言うと、「中国の軍事戦略」は矛盾に満ち、プロパガンダ色の強い文書であるが、中国の公式な軍事戦略は何であるかを分析する資料として価値はあるし、局地戦争の勝利を追求する戦略は侮れない。

 「中国の軍事戦略」における矛盾の多くは、中国共産党のイデオロギーへの執着と共産党の軍隊としての人民解放軍の宿命に起因している。

 純軍事的に軍事戦略を描けばもっと洗練された軍事戦略になるであろうが、イデオロギーの影響を強く受け、本音と建て前の混在、はったりと一部の真実の混在した軍事戦略となっている。

 一方で、米国防省が議会への年次報告書“ Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2015”(以下、「2015米国防省の年次報告書」と記述する)を5月8日に公表したが、中国の安全保障・軍事を語る際には不可欠な文書である。

 この二つの文書を併せ読むことによって世界第2位の経済大国・軍事大国になった中国の軍事戦略についての理解が深まるであろう。

 また、イデオロギーやプロパガンダを含んだ分析を排除し、国際政治を純粋にバランス・オブ・パワー(力の均衡)で分析するリアリズム学派の代表であるジョン・ミアシャイマー*2の「THE TRAGEDY OF GREAT POWER POLITICS(大国政治の悲劇)」などを参考にすると、「中国の軍事戦略」の理解がさらに深まる。

 従って、本稿においては、「2015米国防省の年次報告書」、「THE TRAGEDY OF GREAT POWER POLITICS(大国政治の悲劇)」の記述を紹介しながら「中国の軍事戦略」を分析してみたいと思う。

1.中国の軍事戦略
三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)の一環としての「中国の軍事戦略」
 中国は、5月26日、「中国の軍事戦略」と題する国防白書を発表したが、そのタイミングは実に絶妙な時期であった。

 アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立による米国主導の秩序への挑戦を明確にし、スプラトリー(南沙)諸島における大規模かつ急速な人工島の建設により実力で南シナ海の領土問題に決着をつける意思を明確にしたタイミングであった。

 中国のきわめて挑戦的な行動の背景には中国の戦略があり、その戦略の一端を「中国の軍事戦略」として提示した点で2015年の国防白書は注目すべき文書となっている。

 毎度のことであるが、今回の国防白書「中国の軍事戦略」も中国の三戦(輿論戦、心理戦、法律戦)の中の輿論戦と心理戦の一環であり、プロパガンダの文書であることを念頭に置くべきである。

 「中国の軍事戦略」を一言で評価すると、「言行不一致。言っていることとやっていることが違う」のであり、これがプロパガンダの本質でもある。

中国の夢「中華民族の偉大なる復興」が出発点
 「中国の軍事戦略」で最初に出てくるキーワードは、中国の夢「中華民族の偉大なる復興」(great national rejuvenation)である。習近平が国家主席に就任以来強調してきたスローガンが「中華民族の偉大なる復興」であることと密接に関連している。

 中国がいかなる夢を抱こうが自由であるが、「中華民族の偉大なる復興」が他国の国益を害し、他国の犠牲の上に実現されるのであれば、アジアのみならず世界の平和と安定にとって有害である。

 「中国の軍事戦略」では「和平外交政策」と「防御性国防政策」を強調し、「中華民族の偉大なる復興の実現により、世界とともに平和の維持、発展の追求、繁栄の分担を追求する」としているが、「中華民族の偉大なる復興」の追求は必ずしも世界の平和・発展・繁栄にはつながらず、かえって世界の平和と安定を乱す要因になっている。

 また、「中華民族の偉大なる復興」が習近平国家主席をはじめとする多くの中国人のナショナリズムに根差しているだけに、その追求が他国の国益や意思を無視する傾向になる。

 中国人のナショナリズム、富国強兵政策、中国軍事戦略が混然一体となって、中華民族の偉大なる復興が追求されるのであろう。

米国および日本への懸念
 「中国の軍事力」の中で日本と米国とロシアの国名が明示されている。ロシアは戦略的パートナーシップの友好国として登場する。日本は仮想敵として、「日本は戦後メカニズム(レジーム)からの脱却を目指し、軍事・安保政策の大幅な変更を進めている。そのような傾向は地域の他の諸国に重大な懸念を引き起こしている」と非難している。

 そして、米国については、新型大国関係の相手国として登場する。米国という国名は明確には出てこないものの実体的に米国を覇権国として非難し、「覇権主義、力による政治(power politics)、新型の干渉主義(neo-interventionism)という新たな脅威」であるとして非難している。

 また、「南シナ海問題について外部から頻繁に介入し、中国に対する近距離からの航空・海上監視を行っている」と非難し、「これらの行為に対して領土主権、海洋の権利・利益を守らなければいけない」と主張し、外部から頻繁に介入する国家が米国であることを明確に示唆している。

 結論として、中国の夢を妨害する国家が米国と日本であることを「中国の軍事力」は示唆しているのである。

中国の台頭は平和的ではない
 米国のバラク・オバマ大統領は、過去何度も「中国の平和的な台頭を期待する」と発言し、中国に対して寛容な対応を採用する傾向にあったが、中国の台頭は平和的なものではなく、強圧的で攻撃的な台頭となっている。

 「中国の軍事戦略」では、「中国の平和的な発展は全世界に好機を提供する」と表現しているが、中国は決して平和的に発展していなくて、強圧的な台頭をしているからこそ周辺諸国が脅威を感じているのである。

 中国の対外政策の問題点の1つは言行の不一致にあり、東シナ海や南シナ海での極めて高圧的な主張と行動が明白な証拠である。

 「2015米国防省の年次報告書」でも、「中国は平和的な台頭を主張しているが、その実態はとても平和的なものではなく、中国共産党の主張は虚偽であり、単なるプロパガンダにすぎない。その具体例として、フィリピンのセカンドトーマス礁に駐在する海兵隊員に対する補給の妨害、ベトナムとの係争海域におけるオイル・リグの設置、東シナ海における日本との係争に関し経済的制裁を科したこと」を列挙している。

 シカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマーがTHE TRAGEDY OF GREAT POWER POLITICS(「大国政治の悲劇」)の第10章“Can China Rise Peacefully”で主張するように「中国の平和的台頭はない」のである。

 ミアシャイマーに代表されるリアリスト派の議論によると、新たな大国(例えば中国)の台頭は、平和的になされるのではなく、強圧的になされる。

 新たに台頭する国は、既存の覇権国(例えば米国)と衝突する。つまり台頭する中国はかつての覇権国米国と対立する確率が高い。

 国際政治において、大国間の関係は基本的にゼロサム・ゲームであり、一方が勝てば一方が負けることになる。バランス・オブ・パワーの世界においては、米中がWin- Winの関係になることはない。

 リアリズムの立場に立てば、各国はそれぞれの地域の大国を目指す。米国が西半球(南北アメリカ大陸)において圧倒的な大国としての地位を確立したように、中国もアジアにおいて圧倒的な大国としての地位を確保し支配しようとする。

 「中国の軍事戦略」では、「中国は、覇権主義とパワー政治に反対し、覇権や拡張を追求しない。中国軍は世界平和を維持する信頼される軍隊であり続ける」と主張しているが、実際の行動と一致しない。

韜光養晦(とうこうようかい)
 バランス・オブ・パワーの世界では既存の大国は他の地域の大国の台頭を阻止しようとする。米国は中国の強圧的な台頭を阻止しようとするのが自然である。必然的に米国と中国はアジアにおいて衝突することになる。

 中国が「中国の軍事戦略」で暗示しているように、米中のアジアにおける衝突はあり得るのである。しかしながら、オバマ政権は、台頭する中国と直接的な対決を避けて、中国に対する関与政策を重視してきた。

 そのため、中国にとっては組みやすい相手と認識したのであろう。「中国の軍事戦略」でも、「全般的に好ましい外部環境により、中国の発展にとって戦略的好機であり、この間に多くのことを達成できる」と主張できるのである。

 中国にとって最も賢明な対外的なアプローチは、ケ小平が唱えた韜光養晦(とうこうようかい)であろう。韜光養晦は、「光を韜(つつ)み養(やしな)い晦(かく)す」であり、才能や野心を隠して、周囲を油断させると共に力を蓄えようとする処世術である。

 ケ小平の時代から、中国はある時期までは韜光養晦の原則に従って対外政策を展開してきたが、国家主席に就任した習近平は「韜光養晦の時は過ぎた」と判断したのであろう。中華民族の偉大なる復興を掲げ、韜光養晦をお蔵入りさせてしまい、大国としての自負に基づく強圧的な対外政策を展開している。

 「中国の軍事戦略」が指摘するように、時は中国に味方していて、時間の経過とともに中国のGDP(国内総生産)は増大し、軍事力も強大になっているが、今はまだ韜光養晦を捨て去る時期にはなく、国際社会に対して控えめにソフトに振る舞うべきであろう。

 ミアシャイマーのようなリアリストの立場に立てば、現時点で強圧的でタカ派的な対外政策を追求することは中国のさらなる発展を阻害するという結論になる。「韜光養晦の時は過ぎた」と過早に判断し、機が熟すまで待てない習近平氏の焦りを感じざるを得ない。

 彼の焦りの背景には「中国の軍事戦略」でも記述されている2つの目標年(2021年と2049年)があるかもしれない。

 2021年は中国共産党の創立100周年であり、2049年は中華人民共和国の建国100周年である。軍事的観点では、人民解放軍は2020年をターゲットとして第2列島線までの接近阻止/領域拒否(A2/AD)能力を完成させ、2050年までに太平洋での覇権を完成させようとしている。

中国の積極防御(active defense ) と後発制人(攻撃された後に反撃する)
 今回の「中国の軍事戦略」の記者発表で最初に強調されたのが積極防御である。中国においては、毛沢東以来の積極防御戦略を今に至るまでずっと踏襲してきたが、今年の2015国防白書でも積極防御戦略が採用されている。

 その意味では変わりばえのしない「中国の軍事戦略」になっている。

 中国では毛沢東以来、「積極防御戦略が中国共産党の軍事戦略の基本」であり、「戦略上は防御、自衛及び後発制人(攻撃された後に反撃する)を堅持する」という表現が長く踏襲されてきた。

 これだけを読むと中国の軍事戦略は極めて防御的であると読めるが、これは一種のプロパガンダであり、「米国防省の年次報告書」は毎年、中国の「後発制人」に疑念を呈してきた。

 つまり中国の「後発制人」は建前に過ぎないと主張してきたのである。中国は朝鮮戦争において先制攻撃を行ったし、インド・ソ連・ベトナムとの国境紛争において先制攻撃を行ってきたのである。

 中国は、湾岸戦争(1990〜1991)、コソボ紛争(1996〜1999)、イラク戦争(2003〜2011)などを観察し、IT(情報技術)などの最新の科学技術がもたらした米軍の「軍事における革命(RMA: Revolution in Military Affairs)」に驚嘆し、ITの重要性を認識するとともに、先制攻撃が圧倒的に有利であることを認識したのである。

 中国は今や、宇宙やサイバー空間における先制攻撃は避けられないと認識するとともに、「戦役戦闘上は積極的な攻勢行動と先機制敵の採用を重視する」と表現するに至ったのである。

 以上の議論をまとめると、「戦略指導においては、戦略上の防御と後発制人(攻撃された後に反撃する)を堅持し、戦役戦闘上は積極的な攻勢行動と先機制敵の採用を重視する」という苦しい表現になる。

 前半の「戦略指導においては、戦略上の防御と後発制人(攻撃された後に反撃する)を堅持し」という表現はプロパガンダとしての建前であり、後半の「戦役戦闘上は積極的な攻勢行動と先機制敵の採用を重視する」が本音である。

 つまり伝統的な建前と現代戦における戦勝獲得のための本音が混在したのが中国軍事戦略の本質である。筆者が矛盾に満ちた中国軍事戦略と表現するゆえんである。

局地戦争*3に勝利する
 「中国の軍事戦略」には、「1993年にハイテク環境における軍事戦略指針において、局地戦争に勝利することが軍事闘争準備(PMS:Preparation for Military Struggle)の基本になった。さらに、2004年にPMSの基本が修正され、情報化環境下における局地戦争に勝利することになった」と記述されている。

 なお、軍事闘争の準備(PMS)は、「中国の軍事戦略」においてキーワードである。

 PMSは、将来の戦闘に備えて即応態勢を高めることであり、基本的な軍事活動として重視され、平和を維持し、危機を封じ込め、戦争に勝利するための重要な保証であると強調されている。いずれにしろ局地戦争に勝利するための準備を怠らないというのが重要な原則である。

 「2015米国防省の年次報告書」では、「中国は、2010年代を戦略的好機と位置づけ、2020年を目標に富国強軍(経済の成長と軍事力の強化)に励む。特に、軍の近代化で顕著な進歩を達成し、局地戦争を戦い勝利する能力(台湾事態に対処する能力、SLOCの防衛、東シナ海及び南シナ海における領土防衛、西部国境の防衛を達成する能力)を獲得する」と記述されている。

 中国軍事戦略のキャッチフレーズが積極防御であるのに対し、「局地戦争に勝利する」という主張は人民解放軍(PLA)の本音である。中国の言う局地とは国境付近、海の領域、空の領域をいう。

 「米国防省年次報告2015」は中国について以下のように記述しており、「中国の軍事戦略」と符合する点が多い。

 「(1)長期的な総合軍事力の増強に努め、(2)短期・高強度・局地戦争(short-duration high intensity regional conflict)を追求している」

 「つまり、本格的な米軍との紛争を望まず、米国との直接的な衝突を避け、米軍が介入する以前に戦勝を獲得する短期戦を追求し、作戦地域を特定の地域(例えば、尖閣諸島)に限定する、(3)台湾海峡における紛争が焦点であり、そのための軍事への資源を投入する」

 「しかし、東シナ海および南シナ海における紛争にも焦点を当ててきている、(4)中国周辺を越えた任務への投資が益々増えている。例えば、戦力投射、シーレーン防護、海賊対処、平和維持、人道的支援・災害派遣HA/DRへの投資を増やしている」

重大な安全保障上の4つの領域(ドメイン)
 「中国の軍事戦略」では、重大な4つの領域として海、宇宙、サイバー空間、核戦力を列挙しているのが特徴である。米国では海・空・宇宙・サイバー空間の4つの領域をグローバル・コモンズとして重視するが、中国では核戦力を重大な領域としている。

 核戦力は戦力であり、ドメインではないため違和感があるが、この区分が中国的な表現である。

 日本のマスコミの報道では「海洋戦略強化」とか「海軍強化」とか海の領域を強調し過ぎる傾向があるが、「中国の軍事戦略」では海の領域だけではなく、宇宙、サイバー空間、核戦力も重大な領域だとバランスよく認識している点は非常に重要である。

 習近平氏は政権の発足当初から海軍重視の姿勢を示してきた。

 「中国の軍事戦略」では「重大安全領域における戦力発展」の項目の中で、「海洋強国を目指す」ことを宣言し、「陸を重んじ海を軽んじる伝統的な考え方を打ち破り、海(sea)や大洋(ocean)を管理し、海洋の権利と利益を防護することに重点を置くべきである」とまで記述し、陸軍に対する海軍の優越を明示した。

 この主張は大変興味深く今回の国防白書の特徴の1つになっている。

 人民解放軍(PLA:People’s Liberation Army)は、そもそも陸軍(PLA Army)が主体で創建され、海軍(PLA Navy)および空軍(PLA Air Force)は付随的な軍種であった。「陸を重んじ海を軽んじる伝統的な考え方を打ち破る」という思い切った表現は、かなり高いレベル(習近平氏か)の承認を得た証左であろうが、当然ながら陸軍の不満は存在するであろう。

 いずれにしろ「中国の軍事戦略」でも「海洋強国」を目指すと宣言し、「中国にとって近代的な海軍力の建設が必要である。それにより国家主権、海洋における権利と利益を確実にし、SLOCの防衛や海外における利益の防護をする」と記述し、「近海海軍から遠洋海軍に脱皮を図る」としている。

軍事闘争の準備(PMS: Preparation for Military Struggle)
 「中国の軍事戦略」において軍事闘争の準備(PMS)はキーワードであり、戦闘に至る以前の戦闘即応態勢全般を網羅している用語である。

 PMSをあらゆる領域(陸・海・空・宇宙・サイバー空間)で推進し、国家の主権および安全を守り、海洋の権利と利益を防護し、軍事紛争に対処することを強調している。

 軍隊には戦いそして勝利する能力が必要であり、抑止と戦争遂行能力の向上のための準備が必要であり、高い即応性が求められるということである。そのため、PMSは基本的な軍事活動であるとされ、平和を維持し、危機を封じ込め、戦争に勝利するための重要な保証であるとしている。

 PMSで強調されているのはICT(情報通信技術)を活用したシステムの重要性である。

 情報システムを重視し、情報システムに依拠した「システム対システム作戦」の能力の向上、情報システムを活用して組織化された統合作戦システムが重要であるとしている。

 また、偵察・早期警戒・指揮統制システムの構築、中長距離の打撃能力の開発、中央軍事委員会(CMC)指揮組織と戦域レベルの指揮システムの改善、実戦的な訓練、戦争以外の軍事作戦(MOOTW: Military Operations Other Than War)の準備などの重要性も指摘している。

侮れない科学技術への対応
 イデオロギーに縛られるPLAという否定的な評価はできるであろうが、PLAは侮れない存在である。PLAは、特にITをはじめとして最新の科学技術を取り入れた戦略・戦術・戦法の開発、C4ISRシステムの開発、その他の兵器の開発を強調している。

 米軍のRMA、情報環境下における作戦という用語を使用し、米国の最新の戦略である相殺戦略(Offset Strategy)で推奨されている無人・ステルス・長距離の兵器に言及するなど、常に世界最先端を走る米軍に追いつき・追い越せという思いが伝わってくる。

2.中国の人工島建設にいかに対処すべきか
今後の中国の活動

 中国のスプラトリー諸島における人工島の建設の背景には、「中国の軍事戦略」で記述されている「中華民族の偉大なる復興」がある。そして、人工島の建設は、「局地戦争の勝利」(東シナ海及び南シナ海での局地的な戦闘での勝利を含む)を確実なものにするための「軍事闘争の準備(PMS)」の一環であると筆者は分析する。

 今後、米国や日本の反対にもかかわらず中国は人工島の建設を中止しないであろう。なぜならば、人工島の建設は、「局地戦争の勝利」にとって不可欠だと中国が認識しているからである。

 人工島には滑走路、港、軍のISR施設、人員の宿泊施設などが建設され、近い将来に軍用機、軍艦、対空兵器、対艦兵器などが配置され、軍による監視・偵察活動が実施されるであろう。そして、人工島を中心として防空識別圏(ADIZ)を設定する可能性があり、領土・領海・領空の主張を繰り返すことになるであろう。

 そして、中国の最終的な目標は、南シナ海や東シナ海から米国を締め出し、同地域の覇権を握ることであろう。

米国などの対処のあるべき姿
 このような中国の活動に対して、米国などはいかなる対処をすべきであろうか。まず、中国の無法な活動に対して警告を発し続けることが必要である。幸いにも米国の要人は、今回の埋め立てに対しては危機感をもって中国に警告を発している。

 米国のバイデン副大統領は、5月22日、アナポリスの海軍士官学校の卒業式で演説し、「アジア太平洋地域において緊張が高まっている。米国のアジア重視戦略は、米国の存在を示し続けることで可能となる。米国は、公平で平和的な紛争解決や航行の自由のためには、臆することなく立ち上がる」と海洋進出を強める中国を批判した。

 カーター国防長官は、5月30日、「岩礁を飛行場に変えたからといって、その国が領有権を持つわけではない。米国は国際法が認める範囲で飛行・航行を続ける。アジア太平洋地域の安定に米国の絶え間ない関与が求められていると痛感した」、「安倍政権は東南アジアへの関与を強めている。日米両国は東南アジア内外でさらに協力できる」と発言した。

 また、米国防省のデビッド・シアー国防次官補は議会の公聴会で、「埋め立てによって2017年か2018年に飛行場が完成する。中国が南シナ海で実施している埋め立ては、周辺国が前線基地の軍事力を強化することになり、誤算による衝突などの危険性が増す」と批判し、「米軍による定期的なISRやフィリピンなどの同盟国や友好国との関係強化で対処する」と発言した。

 また、中谷元防衛大臣も5月30日、アジア安全保障会議で演説し、「無法が放置されれば、秩序は破壊され平和と安定は壊れる。中国を含む各国がこのような責任ある立場で振る舞うことを期待する」と厳しく中国を批判した。以上のような警告を今後とも粘り強く発し続けることが重要である。

 警告に次いで人工島周辺における軍事的なプレゼンスを示し続けることが大切である。人工島周辺12海里の領海の主張を認めないことを艦艇の航行や哨戒機(P8Aなど)の飛行によりしつこく示すことが重要である。そして、人工島周辺で米軍を中心とする多国間演習を実施するなども有効であろう。

 さらに、米国にとっては、カーター国防長官が表明したように、東南アジアの海洋安全保障にかかわる設備の増強を支援することや、フィリピンなどの同盟国や友好国に対する装備品の売却、海軍等の能力構築支援も有効であろう。

 しかし、今回のような中国の無法な活動に対しては、何よりも米国の決意と覚悟が問われる。バイデン副大統領が言うように「臆することなく立ち上がる」を実践してもらいたいものである。

 中国の台頭は平和的にではなく、強圧的になされるのである。このことを認識し、覚悟をもって中国に対峙することが不可欠である。

 当然ながら関与戦略により中国が望ましい方向に変化すればベストであるが、関与戦略が失敗すれば、次に採用すべきはヘッジ戦略である。軍事力を含めた米国のパワーと日本をはじめとする米国の同盟国と友好国のパワーを結集して中国を封じ込める戦略が必要になってくる。

 今までは中国のサラミ・スライス戦術になす術がなかったが、今回は中国に明確なイエローカードを突きつけなければいけない。決して宥和的な姿勢を示してはいけない。日本の海上交通路(SLOC)にとって南シナ海は不可欠な海である。我が国も国家の存立をかけ、米国に協力すべきである。

結言
 今回の「中国の軍事戦略」は、孫子の兵法などの有名な戦略を生み出してきた中国の軍事戦略としては、矛盾に満ち、本音と建て前が混在し、洗練されていない軍事戦略である。

 しかしながら、局地戦争を勝利するという決意とその裏づけとしての最新兵器の開発・導入、宇宙やサイバー空間などあらゆる分野における優越の追及、軍事闘争準備(PMS)の強調などは侮れない。

 アジアにおいて覇権国を目指す中国の悪しき影響力をいかにして封じ込めていくかが我が国をはじめとする関係国の喫緊の課題である。

 リアリズムの立場に立てば、既存の覇権国である米国にバランス・オブ・パワーの主役として活躍してもらわざるを得ない。我が国も他の友好国などと連携しながら米国の対中政策に協力することが重要である。

 そして何よりも我が国自身がアジア地域の大国として中国と覚悟を持った対応ができるように国力を養成することである。当然ながら日本経済の着実な成長を達成しなければいけないし、防衛態勢の強化も必要である。

 その意味で現在国会で議論されている集団的自衛権を含む安全保障法制の整備は重要である。本質を離れた空虚な安保議論ではなく、我が国がこの厳しい環境下で如何にして生き残るかを真剣に議論してもらいたいものである。

 建て前や単なる揚げ足取りだけのためにする議論は聞きたくもない。本質的な議論を期待したい。

 中国、ロシア、北朝鮮の脅威を至当に判断すれば、我が国一国のみでこれらの諸国の脅威に対処することは難しい。特に核兵器を保有していない我が国にとって米国の拡大抑止(核の傘)に頼らざるを得ない。

 米国を活用すること、日本防衛のため、アジアの平和と安定のために米国をこの地域に巻き込むことこそが求められているのである。



*1=本のサラミを丸ごと盗めばすぐにばれるが、薄くスライスして盗んでいけばなかなかばれない。この様に、小さな行動を積み重ねることにより、最終的には最終目標を達成しようとする戦術をサラミ・スライス戦術と呼ぶ。
*2=シカゴ大学教授でリアリスト派の国際政治学者。リアリズムの立場からジョージ・W・ブッシュが実施をしたイラク戦争に反対し、中東や欧州における紛争に対する米国の関与には否定的である。一方、オバマのアジア太平洋リバランス政策には賛成している。
*3=米国が使用する地域紛争(regional conflict)や局地戦争について、中国では「局部戦争」と表現しているが、本稿では「局地戦争」と記述する。


(2015年6月8日付け『JBpress』より転載
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